グローバルサプライチェーンリスクが及ぼす
国内IT市場への影響と対策の実情

 コロナ禍以前、企業では取り組みが活発化していた働き方改革を進展させるべく、DXの実現に向けた検討や計画が進められていた。IT活用がコスト削減から新たな価値や事業の創出へと目的が広がり、デジタルの活用によって産業や社会を発展させていく機運が高まっていた。

 ところが突然のコロナ禍により、全く異なる領域でデジタルを活用することになった。皮肉にもコロナ禍への対応を目的としたデジタルの活用によって、これからの産業および社会の発展にDXが不可欠であることが広く認識され、企業におけるIT投資への意欲が刺激された。そしてコロナ禍に加えて、新たな想定外の事態に直面している。半導体などの部材の不足や原材料価格およびエネルギーの高騰などによる製品の調達難である。

 度重なる試練に対して製品を供給するベンダーと、製品を利用するユーザーである企業はどのような状況にあり、どのようにして困難を回避しているのだろうか。その実態について取材を進めていく中で、悲観的な事態ばかりが話題に上がる一方で、ベンダーや企業のリスクへの取り組みには新たな姿勢を見いだすことができ、より強靭な体質を身に着けつつあることが分かった。

OVERVIEW

過去数年間、コロナ禍、社会的な要求に応じたグローバルでの事業変革、それに伴うグローバル経済の変化、原材料およびエネルギー価格の高騰、これらに加えて地政学的な問題によるグローバルサプライチェーンの問題など、国内IT市場ではベンダーとユーザーの双方で大きな影響を受けているという話を聞く。全体で捉えるとそれは事実だ。しかし冷静に事態を見ていくと、印象とは異なる実態がある。

国内IT支出は堅調に推移する
不測の事態に備える企業が増える

IDC Japan
ITスペンディング
リサーチマネージャー
敷田 康 氏

 まず今年1月27日にIT専門調査会社のIDC Japanが発表した「COVID-19の最新動向を踏まえた国内地域別IT支出の予測」の調査結果を見てみよう。発表された調査結果によると2021年の国内IT市場規模は前年比4.2%増の19兆234億円とみている。さらに2022年は前年比2.3%増の19兆4,548億円と予測しており、2025年まで国内IT市場は堅調に成長を続けるという。

 特に「大都市圏」(東京都、関東地方(東京都を除く)、東海地方、近畿地方)では大企業、中堅企業における業務効率化や企業変革を目的とした積極的なIT支出の拡大が見込まれるという。また大都市圏を中心に多くの企業で業績を回復し、DXに向けた投資が本格化するとともに、2025年に大阪・関西万博を開催する予定の近畿地方でIT支出が拡大するという。

 一方の大都市圏以外の地域(北海道/東北地方、北陸/甲信越地方、中国/四国地方、九州/沖縄地方)では各地域でコロナ禍の影響が長期化し、多くの企業で業績が低迷しているため、2022年のIT支出はほぼ横ばいにとどまるとみている。

 しかし2023年以降は業績が改善する企業が徐々に増加し、IT支出も改善傾向を見込んでいる。一方人口減少によって地域経済の停滞が長期化することから、多くの企業においてIT支出は抑制傾向が継続する。ただしこれら地域でも地方自治体における「デジタル・ガバメント」施策が期待されているほか、九州/沖縄地方での福岡市周辺における積極的な投資がけん引し、また北海道/東北地方において札幌市、仙台市での再開発事業が契機となり、これら地域ではIT支出の活性化が見込まれるという。

 コロナ禍や半導体などの部材不足や生産および物流の遅延、その他のコスト高などの危機によりITビジネスとユーザー企業におけるIT環境は打撃を受けている模様だが、IDC Japanの予測は国内IT市場は堅調な成長を続けていくことを示している。

 その理由についてIDC JapanでITスペンディング リサーチマネージャーを務める敷田 康氏は「企業では不測の事態が生じても早急に回復するためのデジタル投資が2021年より進んでいます。またサプライチェーンにおいても問題が生じた際にサプライヤーを切り替えるための仕組みを含めて、対策を導入する企業が増えています。サプライチェーンでの問題は何か施策を講じても簡単に解決できるものではありませんが、不測の事態に備えていた企業が意外と多かったことが挙げられます」と説明する。

需要を大きく取り逃がしていない
クラウドがビジネスの安定化に貢献

敷田氏は「国内のPC市場はもともと需要が動きやすく、アナリストから見ると月々の販売台数を予測することが難しいという特徴があります。こうした変動が激しい中で供給し切れないケースもありますが、各ベンダーがそれなりの在庫を確保している中で、需要を大きく取り逃しているという話は聞きません」と説明する。

 また半導体不足による供給制限がIT市場に大きな打撃を与えているという認識もないと話す。敷田氏は「もちろん半導体不足は現在も構造的に存在します。一方でメーカーやファウンドリーが工場の建設など供給増に向けて大きな投資を進めており、危機的な状況に陥るという認識はしていません」と強調する。

 ただし自動車産業での事業の変化には警戒が必要だとも指摘する。敷田氏は「EV(電気自動車)は半導体を多く搭載するため、EV化が想定よりも早く進むとIT産業への半導体の割り当てが減ることで事態が深刻化する可能性は否定しません。日本だけではなく世界の半導体の在庫を、それぞれの市場にうまく振り分けて(完成品の)販売の機会を逃さないことが今の課題です」と説明する。

 また半導体不足やIT製品の納期遅延などの不測の事態がITビジネスに及ぼす影響への対策について、クラウドなどのサブスクリプションビジネスがプレーヤーとユーザーの双方に有効だという。ユーザーの業績が変化しても、製品の調達が困難になっても、サブスクリプションならばビジネスに急激な変化が生じないからだ。またユーザーにとっても必要なITリソースをすぐに調達できるメリットがある。敷田氏は「クラウド化を進めることで環境の変化に対してITビジネスを安定化させることができ、ユーザーはIT環境のリスクを回避できます」と話す。

危機に対してレディな状態を作っておく
サプライチェーンに情報流も構築すべき

 ここ数年を振り返ってみても、危機は前触れなく個別に発生する。そのため事態が生じてから対処するという受け身な対応をした方が効率的だと思われがちだ。しかし一連の危機に直面して、世界中のどこかで何かが発生すると、自社のサプライチェーンに何らかの影響を受けて危機が生じることを学んだ。今後は自社のサプライチェーンに影響を受ける事態は毎年発生する覚悟で、危機ありきの取り組みがベンダーにもユーザーにも求められるだろう。

 敷田氏は「自社のサプライチェーンで何が生じてもできるだけ早く回復できる状況を作っておくことが求められます。ただしどのような事態がいつ発生するかは予測できません。そこで想定されるいくつかのリスクの全てに対して、事前に手を打っておくことで、事態が発生した時に対処、対応が始められる状態を作っておくのです。危機に対してレディな状態を作っておけば、最も早く回復できます」とアドバイスする。

 ここでいうレディとは自社だけの取り組みでは不十分であることに注意したい。BtoBの事業の場合ならば、仕入れ先や販売先、直接、間接を含めてできるだけ広範囲にサプライチェーンのリスクや生じている問題を把握して、それに備えておくということだ。

 これを実践するには従来のモノの動きを捉えたサプライチェーンの管理だけではなく、人と人とのコミュニケーションによる情報の動きも捉えなければならない。その際に物流ベースの契約では直接取引のない企業との情報連携ができないため、間接的につながっている企業に対しても情報流を構築する必要がある。

 不測の事態は必ず発生する。今後はDXの推進と危機に対するレジリエントの強化の両面で投資が求められ、これらを両立する提案がITビジネスを成長させることになるだろう。

国内ITビジネスは打撃を受けているのか?

SUBJECT

グローバルで生じている問題の影響と
ベンダーとサプライチェーンでの防衛策

市場調査の結果が示す通り国内のIT市場は堅調に推移しており、ユーザーである企業や組織のIT投資への意欲は旺盛といえる。では実際のビジネスの状況はどうなのか。半導体(ICチップ)不足やグローバルサプライチェーンの問題などの影響を直接受けるハードウェアベンダー各社に話を伺うとともに、不測の事態に直面しても商機を逃さず、成長を続けるために有効な対処や対策を探る。さらにコロナ禍以降のリモートワーク対応やDXの進展によりクラウドビジネスが成長を続けているが、一方でリモートワーク環境の脆弱性を狙ったサイバー攻撃も激増しており、サイバーセキュリティビジネスにも商機が訪れている。この点についてもリポートする。なお各社の情報はインタビュー、代表者による回答、文書回答によってそれぞれ実施した。

次々と襲い掛かる不測の事態
ビジネスの状況は総じてポジティブ

Chapter- 1 国内ITビジネスの状況

国内のIT支出に関する市場調査では現在も、そして今後も堅調に推移していくと分析、予測している。ではハードウェアベンダー各社の実際のビジネスはどのような状況にあり、どのような傾向が見られるのだろうか。

ノートPCの買い替え需要が継続
快適なリモートワーク環境を追求

 コロナ禍が世界中の市場を混乱に陥れてから2年以上が経過した。そして追い打ちをかけるようにICチップなどの部材不足が深刻化している。こうした状況下でも国内のIT市場は変化に応じた成長を続けている。日本HPでは「リモートワーク需要は底堅く、セキュリティへのニーズを含めて市場のレベルが一段上がった。2022年以降もWindows 11へのOSの更新やセキュリティへの関心の高まりによる需要が続くとみている」とコメントしている。

 売れ筋の傾向としては「コロナ禍の当初は13インチのノートPCの需要が強かったが、現在は15インチが盛り返している。デスクトップもコロナ禍の当初は超小型の筐体の販売が伸びたが、現在は通常の筐体への揺り戻しが見られる」という。

 そして「14インチのノートPCはモビリティとオフィスワークの生産性を両立する製品として今後の成長を期待している。セキュリティとモビリティを重視する大企業ではHP Elite Dragonfly、中堅中小企業ではHP ProBook 635 Aeroの引き合いが強い」という。

 また公共分野については「官公庁や自治体のデジタル化が推進されており市場が伸びている。PCの選定においてはセキュリティが重視される傾向にある」としている。

 レノボ・ジャパンでもリモートワークに関連した需要が活発だという。デスクトップからノートPCへの置き換えに加えて、リモートワークを快適にする製品への買い替え需要も旺盛だという。レノボ・ジャパンの広報担当者によると「リモートワークに必須のWeb会議アプリは利用時にCPUのリソースを多く消費するため、Web会議を快適に利用することなどを目的に性能の高い最新製品への買い替えが多く見られます。また最新製品にはWi-Fi 6が搭載されており、ネットワークの高速化によりクラウドの利用にも有利です」と説明する。

 さらに「最新製品にはリモートワークに対する要望が反映されており、例えば筐体サイズを変えずに画面の面積を大きくしたり、マイクやスピーカーの性能や機能を強化したりするなど、リモートワークを実践する中で出てきた要望が製品に反映されています」とアピールする。また同社が先日発表した2022年モデルでは、全てのモデルにLTEをオプションで用意しており、リモートワーク時に公衆無線LANを利用するリスク対策に応えたものだ。

サーバービジネスも活況が続く
デジタルで成長する企業がけん引

日本ヒューレット・パッカード
執行役員
コアプラットフォーム事業統括
本田昌和 氏

クラウドの利用が進んでいる一方で、全てをクラウドに移行するのは現実的ではないという実情がある。実際にレノボ・ジャパンではリモートワークの浸透でパブリッククラウドの利用が拡大したが、同時にオンプレミスの商談も増えたという。その用途について「VDI環境を構築したいという引き合いが増えています」と説明する。

 日本ヒューレット・パッカード(HPE)でも「オンプレミスのサーバーの引き合いではVDIが急増した」(日本ヒューレット・パッカード 執行役員 コアプラットフォーム事業統括 本田昌和氏)という。さらにHPEではHCIの引き合いも強くなっているという。

 本田氏は「HCIと一口に言っても実際はさまざまな種類があります。お客さまがHCIに乗せたいワークロードに応じて、どのような製品を提案するべきかが明確になってきています。当社はいろいろな種類のHCI製品をラインアップしており、お客さまのさまざまなニーズに応えられる強みがあります」とアピールする。

 また新しい需要も成長しつつある。本田氏は「エッジやIoTのキーワードで、データセンターの外でのオンプレミスの需要が伸びています」と指摘する。またレノボ・ジャパンは「DXが進まないと言われていますが、推進しているお客さまは少なくありません。そうしたお客さまではビッグデータをビジネスに生かす用途でコンピューティングパワーが求められており、コスト面で一般的な企業でも利用できるHPC(high-performance computing)製品の需要も伸びています」と説明する。

 国内のサーバー市場で存在感を放っているのがデル・テクノロジーズだ。同社は2020年からのコロナ禍、2021年からのICチップなどの部材不足および製品の納期遅れといった課題が顕著になる中でビジネスを優位に伸ばしてきた。その需要を支えているのが、コロナ禍およびリモートワーク環境下においてビジネスを伸ばしている企業だ。

デル・テクノロジーズ
執行役員
データセンター ソリューションズ事業統括
製品本部長
上原 宏 氏

 同社の執行役員 データセンター ソリューションズ事業統括 製品本部長 上原 宏氏は「Webでビジネスを展開して成長しているお客さまや、いち早く事業のデジタル化を推進しているお客さまにとって、コロナ禍や製品の納期に関係なくインフラの更新や増強が待ったなしの状況です。そうしたお客さまの需要に加えて、中堅中小企業のお客さまのビジネスも大きく伸びています」と説明する。

 同社はタワー型製品よりもデータセンターに収納するラック型製品を得意としており、顧客がビジネスの成長に伴ってサーバーを増強する際に同社のラック型製品であるDell PowerEdgeを選択するケースが多いという。

 その理由について上原氏は「日本でのビジネスが長くブランドに信頼感があることに加えて、製品の価格性能比が高く評価されています。またスタートアップを含めて、規模を問わずデジタル化に積極的なお客さまには営業担当者がきめ細かく対応する営業体制も好評です」とアピールする。

 同社がビジネスを伸ばしている要因がもう一つある。それは新規の顧客を獲得していることだ。上原氏は「コロナ禍以降の非常に不安定な状況下においても、当社は製品をより安定して提供できています。サーバーはお客さまがそれぞれ特定のパートナーさまから継続して購入する傾向が強いのですが、ICチップなどの部材不足に端を発した納期の遅れにより、納品までの時間が短いベンダーの製品を購入するお客さまが増えています。製品を安定して提供できる当社にとっては新規のお客さまを獲得する商機となっています」と説明する。

ネットワーク、ストレージの商機は
Wi-Fi 6への移行とLANの増強

アイ・オー・データ機器
事業本部 企画開発部
企画開発2課 課長
櫻庭 豪 氏

 ネットワーク製品もリモートワーク需要の好影響を受けた分野だ。アイ・オー・データ機器の事業本部 企画開発部 企画開発2課 課長 櫻庭 豪氏は「2020年3月ごろからWi-Fiルーターの販売が大きく伸びました。現在はピークを過ぎて落ち着いていますが、それでもコロナ禍以前と比較すると現在も高い水準で推移しています」と説明する。

 同社のWi-Fi製品の需要を支えているのは個人向けだが、その用途の中にはリモートワークやビジネスユースでの購入もある。そのためWeb会議を快適に行いたいなどの理由でWi-Fiの最新規格となるWi-Fi 6対応製品が選ばれている。

 櫻庭氏は「最も売れている製品の価格帯は1万円以下ですが、Wi-Fi 6製品の1万円から1万5,000円の価格帯の製品もほぼ同じくらい売れています。これら二つの価格帯で全体の6割を占め、平均単価もコロナ禍以前よりも高くなっています」という。

アイ・オー・データ機器
事業本部 生産購買部
部長
米谷 豪 氏

 個人向けではWi-Fi 6への移行が進んでいるが、法人向けでのWi-Fi 6への移行はこれからだという。同社の事業本部 企画開発部 企画開発2課 リーダー 井村一仁氏は「PCの最新モデルにはWi-Fi 6が標準で搭載されてきているため、買い替えによりWi-Fi 6への移行が進むかもしれません。そうなると社内のLANがボトルネックになり、2.5GbpsのスイッチやNICの需要増も期待されます」と話す。

 また「オフィスに出社しない、オフィスを減らすといった動きが増えていますが、法人向けの販売に大きな変化はありません」と、法人需要は堅調であると説明する。このほかIoTやM2M、デジタルサイネージ、固定回線用途などでLTEルーターが好調だという。

 ストレージに関してはHDDからSSDへの移行や、クラウドストレージの利用がキーワードとなる。アイ・オー・データ機器の事業本部 生産購買部 部長 米谷 豪氏は「SSDへの移行の勢いはコスト面で現在は落ち着いています。またクラウドストレージの需要が伸びる一方で、ローカルストレージのニーズも衰えていません」と説明する。

アイ・オー・データ機器
事業本部 企画開発部 副部長
兼 企画開発3課 課長
中村一彦 氏

ストレージのビジネスを伸ばすポイントはセキュリティやクラウドとの組み合わせだという。アイ・オー・データ機器の事業本部 企画開発部 副部長 兼 企画開発3課 課長 中村一彦氏は「改正個人情報保護法ではインシデントの報告が求められます。そこでNASをSyslogサーバーとしても利用できるSyslogサーバーアドオンパッケージを提供しています。またAWSのS3(Amazon Simple Storage Service)と連携・同期して利用できる製品や、不正操作検知機能を備えた世代バックアップ機能を標準で搭載するランサムウェア対策に有効な製品なども提供しています」とアピールする。

部材不足等のリスクが顕著化
市場の実態とベンダーへの影響

Chapter- 2 部材不足の実態

コロナ禍以前から半導体(ICチップ)不足は生じていた。しかし昨年の後半から、ICチップだけではなくさまざまな部材の不足や、それらを運ぶ物流の混乱など、結果的に製品が組み立てられなくなり、納期が遅れる状況が顕著になってきた…こうした話があちらこちらで聞かれ、実際に影響を受けたというベンダーやユーザー企業がいる。改めてこれら不測の事態の実態と影響について現場を探っていく。

低価格なICチップが極端に不足
部品が一つでも欠けると製造が止まる

 レノボ・ジャパンの広報担当者は「一般論として」と前置きしつつ「旺盛な需要に対して納品までに時間がかかる、納期を答えられない、別の製品に変更してもらうという話が昨年から顕著になっていると聞きます」と話す。HPEの本田氏も「コロナ禍以前もICチップが不足していましたが、昨年後半からそれが顕著に感じられるようになりました」と同じ見解だ。

 アイ・オー・データ機器の米谷氏は「これまでも部材が不足したことはありましたが、この2年間は部材不足が常態化しています。以前は納期の回答を信じることができましたが、現在は信じられませんし、そもそも回答が得られないケースもまれではありません」という。

 部材の調達が困難な一方で「納期が分からなかった部材が来月納入されるという情報が急に出てきたり、パンデミックによりロックダウンした地域から部材を輸送できなくなったり、状況が日々ダイナミックに変わっています」とHPEの本田氏は話す。

 部材不足と聞くと半導体不足という言葉が連想されるが、実際には「鉄やプラスチックも入手性が悪くなっている」(アイ・オー・データ機器 米谷氏)というように、さまざまな原料、材料、部品が不足している。ただしIT業界において部材不足で最も影響が出ているのは、やはり半導体、ICチップだ。

 しかもICチップで最も不足しているのは製造に高度なテクノロジーを必要とするCPUなどの最新製品ではなく、付加価値の低い低価格なICチップだという。

 デル・テクノロジーズの上原氏は「最初にメモリー関連やRAIDコントローラーに影響が生じました。いずれも主要なICチップではなく、周辺の低価格なICチップの不足が原因です」と指摘する。ICチップが一つでも不足すると、完成品であるPCやサーバー、ストレージ、Wi-Fiルーターなどのハードウェア製品を製造、組み立てることはできない。レノボ・ジャパンによると「常にどこかでICチップの何かが足りない状態が続いており、製品が作れないケースが業界全体で生じていると聞いています」という。

サプライヤーはビジネスの効率から
高付加価値な最新製品を売りたい

 「数百万円のサーバー製品が、数百円のICチップが一つ足りないことで製造できない」という事態が実際に生じている。ただしこの事態は低価格な古いソリューション(ICチップやコネクター、モジュールなど)で主に生じているという。
 デル・テクノロジーズの上原氏は「4年前に発売したサーバー製品は従来品のICチップを採用していますが、サプライヤーは新しいICチップに製造の軸を移しているため、従来品の調達に遅れが生じるケースがあります。しかし最新モデルには新しいICチップを採用しており、調達が遅れるリスクは明らかに低く、安定して製品を製造、提供できています」と説明する。

 アイ・オー・データ機器の米谷氏も「古いソリューションを採用した製品は納期がとても悪くなっています」と指摘する。ではなぜ古いソリューションの調達が難しくなっているのだろうか。これは結果的にICチップ不足という現象となっているが、半導体メーカーの戦略の表れでもある。それを象徴するエピソードを米谷氏が紹介する。

「例えばUSB 2.0のモジュールを調達する場合、部品メーカーはUSB 3.0のモジュールで代用できるのでそちらを購入して欲しいと要請してきます」という。言わずもがな、半導体メーカー、部品メーカーにとっては、より利幅の大きな製品や付加価値の高い、すなわち高価な製品を購入してほしいというのが本音だろう。

 米谷氏は「ICは集積度を上げることで製造の効率が上がり、利益も増やしやすい。またICチップをより小さくできたり、これまで複数のICチップで実現していた機能をASIC化してワンチップで提供できたりするという効果もあります」と説明する。

 テクノロジーや製品の進化は歓迎すべきことだが、従来品で設計された基板に小型化されたICチップやASIC化された新しいICチップをそのまま搭載することは、ピン配置が異なるなどの問題から不可能だ。新しいソリューションを搭載できる基板に設計変更すれば対応できるが、それには大きなコストがかかってしまう。

 もう一つの大きな要因として、自動車業界の変化が挙げられる。ご存じの通り自動車メーカーは自動運転やEV(電動)化を推進しており、その取り組みが急速に加速している。これらのテクノロジーを実用化するには緻密かつ正確な制御が必要なため、多くのICチップを必要とする。

 これまでICチップはIT製品とゲーム機で主に消費されていたが、そこに急きょ自動車も加わった。しかも自動車が必要とするICチップの数はIT製品やゲーム機とは桁が異なる。自動車の機能の高度化、EV化の加速により、IT製品に割り当てられるICチップの数が減ってしまうという構図が、IT製品におけるICチップ不足の要因の一つとなっているのだ。

 さらにICチップなどの部材の調達方法にも課題がある。自動車業界では「かんばん方式」によるサプライチェーンの密接な連携が図られており、直近の生産計画に対して部材を必要なときに、必要な量を確保することが求められる。

 半導体メーカーの生産能力の範囲においては対応可能だが、それを超えた需要の増加に急きょ対応することは当然不可能だ。だが需要(購入)が保証されない注文に備えて生産能力を増強することもリスクが高い。このあたりの需要側と半導体メーカーの連携が難局の解決策の一つと言えよう。

 最後に挙げておきたいのが、突発的な事態が重なったことだ。米中の貿易摩擦による中国からの輸入制限、半導体工場の火災、原油高による輸送コストの高騰や円安など、悪影響を及ぼす出来事が重なったこともICチップをはじめとした部材の調達難に拍車をかけたと言えよう。

顧客の納期への要望に応える
各社の難局における対処

Chapter- 3 ベンダー各社の対処

業界全体ではICチップを中心とした部材不足や、部材調達の遅れ、それに伴う製品の納期の遅延、最悪の場合は商機を逃すなどの問題が顕著化している。その原因を知れば、問題の根源が根深く、しかも広範に影響し合っており、解決、解消に時間がかかることは想像に難くない。しかしこうした状況下においてもビジネスを順調に進め、成長を維持しているベンダーがいることも事実だ。成長を続けるベンダーはこの難局にいかに対処しているのだろうか。

ICチップは調達の期間と量で交渉
品不足に乗じたリスクに注意

 ICチップ不足への対処については前述した調達方法の工夫によって対処している。日本HPは「日本は優先市場の一つであり、主要製品は在庫があるため納期については期待に応えられる」と強調する。そして部材不足について世界的な問題でありIT業界に限ったことではないとし、「重要な部品については直接的なサプライヤーとの関係をさらに強化し、長期的な合意を築いている」という。また「グローバルで多様なサプライチェーンを構築している」とも回答している。

 レノボ・ジャパンもICチップの需要家としてスケールメリットを生かした交渉ができることに加えて、半導体メーカーに対して「長期的に発注をコミットすることで、お互いに長期的なパートナーシップで部材を確保しています」と話す。HPEも同様に「ICチップなどのサプライヤーにより長期間の調達確約や調達量の増加を行うなどを行っています」(本田氏)という。

 言うまでもなくベンダー各社は複数のサプライヤーから調達したり、複数のサプライチェーンを構築したりするなど、以前より不測の事態に備えている。しかし前述した低価格なICチップのような古いソリューションの確保は、半導体メーカーが製造を極端に減らす、あるいは終了してしまうケースもある。

 こうした状況に商機を見いだすベンダーも出現しているようだ。アイ・オー・データ機器の米谷氏は「単純なピン互換製品があれば代用できるのですが、意外とないのです。そのためか最近は新興メーカーからの提案が増えています。ただしサンプル品でのテストは問題ありませんが、量産時の品質は未知数のため慎重にならざるを得ません」と説明する。

 またHPEの本田氏はICチップの調達難に乗じたリスクにも注意すべきだと指摘する。本田氏は「マルウェアを仕込んだICチップが出回っていると聞きます。今後はサーバーなどでハードウェアレベルのセキュリティがより重視され、サプライチェーンの安全性も問われる時代になります」と警鐘を鳴らす。

 こうしたネガティブな見方の一方で、デル・テクノロジーズの上原氏は「半導体やICチップの製造過程で必要となる素材の代替品や、工程の工夫などが進んでおり、半導体に関連する問題へのレジリエンシー(回復能力)が高まりつつあります。今後も半導体製品は成長市場ですから、異業種からの参入が増える可能性もあります」と指摘する。こうしたポジティブな変化により、技術革新やサプライチェーンの最適化、効率化の促進が期待される。

ディストリビューターの在庫を活用
量とラインアップを拡充して対処

 顧客の納期の要望については現場での工夫で応えている。日本HPでは「需要の高い製品カテゴリーを優先して提供できるようにしている。在庫製品を中心に需要喚起を促している」という。HPEも「納期の良い製品を提案するデマンドステアリングにより、お客さまの納期の要望に応えています」と話す。

 またレノボ・ジャパンは「お客さまが指定する製品が提供に時間がかかる場合は、要望に近い仕様で納期が短い製品を提案しています。ベンダーもパートナーさまも商機を逃さないように、双方で協力して納期の早い代替案をお客さまに提示することが大切ですし、お客さまにとっても速やかに導入しなければ現場の業務に支障が生じてしまいます」と説明する。

 さらにディストリビューターとの連携も強化している。日本HPは「需要の高い製品の在庫を増やしてもらっている。またお客さまの多様な要望に応えられるよう、モバイルノートPCなど在庫するラインアップも増やしている」という。

 レノボ・ジャパンも「ディストリビューターさまに生産できる製品の在庫をできるだけ多く持ってもらい、パートナーさまに代替製品の提案を促進してもらうことでビジネスをスムーズに進められます。その際はメーカーとして拡販のお手伝いをさせていただきます」と語る。HPEの本田氏も「ディストリビューターさまの在庫状況を確認できるiQuoteを提供しており、活用をお勧めしています」と説明する。