Special Feature 2
NO ONE LEFT BEHIND
外国出身の子供たちも取り残さない
ICTを活用した教室
コロナ禍によって、学校でもオンライン授業に取り組むための整備が進み、オンラインとリアルの併用が行えるようになったケースも出てきている。そうした環境は、今後は学校全体で活用するのではなく、必要な子供に、必要なシーンで提供することが求められるだろう。例えば、外国出身の子供たちへの日本語教育などだ。本特集ではオンライン日本語教育の取り組みについて、サービスと事例を合わせて紹介すると同時に、外国出身の子供たちを支援するICTツールを紹介し、多様化が進む教育現場の学びに対応する環境整備を提案していく。
増加する外国出身の子供たちに
オンライン日本語授業を提供
ONLINE JAPANESE CLASS
そもそも現在、学校現場における外国出身の子供たちはどのような状況にあるのだろうか。文部科学省の資料からその様子を展望すると同時に、そうした子供たちに対してオンライン日本語教育を提供する「NICOプロジェクト」の取り組みを見ていこう。
教員不足で日本語指導に課題
学校現場において、日本語指導が必要な児童生徒の数は年々増加している。
文部科学省が2022年3月25日に発表した、「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和3年度)」によると、公立小・中・高等学校等における日本語指導が必要な児童生徒数は、5万8,353人と前回調査と比較して7,227人増加したという。
小中学校では2014年から、こうした児童生徒への日本語指導を「特別の教育課程」として授業に組み込めるようになっていたが、高等学校では認められていないという側面もあった。文部科学省ではこの「特別の教育課程」を高校でも実施できるよう、学校教育法施行規則などを改定し、2023年度から施行することを決定した。これにより高校でも小中学校と同様に、日本語授業を授業時間内に実施できる整備が整った。以前はこれらの個別指導が卒業単位として認定されなかったが、前述の改定により21単位を上限に、特別の教育課程についても卒業単位として認定できるようになったのだ。
一方で、学校において日本語指導などが行われている児童生徒の割合は、外国籍の子供で90.9%、日本国籍の子供で87.8%。文部科学省の前回調査よりも増加している一方で、どちらも約10%の子供たちは学校において日本語指導がなされていないことになる。背景には、日本語指導が行える教員の不足がある。
NPO法人青年少年自立援助センターが運営するYSCグローバル・スクールは、こうした日本語指導が必要な子供たちに対して、専門家による日本語教育・学習支援機会を提供している。2010年度から、東京都福生市を拠点に事業をスタートし、年間100名以上の子供や若者を受け入れている。
オンラインで日本語を学ぶ
そのYSCグローバル・スクールの日本語教育を、全国各地の子供たちに届けるオンライン遠隔地日本語教育事業が「NICOプロジェクト」だ。NPO法人である青少年自立援助センターの田中宝紀氏は「公立学校に通う外国にルーツを持つ子供たちの中で、十分な日本語教育の支援が行われていない児童生徒は、約1万人いると考えられます。学校がある地域によっては、学校の児童生徒の半数が外国にルーツを持つ子供たちであるケースもあり、そうした地域では日本語教育を行う人材の確保がしやすく、十分な支援が行われています。一方で、住民の1%前後が外国人という外国人散在地域と呼ばれる場所にある学校では、外国にルーツを持つ子供が1人しかおらず、恒常的に日本語教育が行える人材を雇用することが予算的に難しい場合があります」と、日本語教育を行う上での課題を語る。しかし、それをそのまま放置していては、自治体ごとの支援格差につながってしまう。
そうした課題を解決するために2016年にスタートしたのが、NICOプロジェクトだ。
福生市を拠点としていたYSCグローバル・スクールでも多くの子供たちや若者に日本語教育の機会を与えていたものの、遠方に住む外国出身の子供たちは通うことが難しいケースもあった。そこでWeb会議ツールを活用して、双方向型のオンライン授業を実施することを思い付いたのだ。
「Web会議ツールにはZoomを利用しています。NICOプロジェクトを検討していた当時はまだ安定したWeb会議ツールが少ない状態でした。NICOプロジェクトでは前述した双方向型のオンライン授業はもちろん、福生市での対面式の授業とも組み合わせたハイブリッド形式の授業を行いたいと考えており、そうした環境にZoomが最も適していたのです」と田中氏。
オンライン日本語教育で実現する
三重県の外国人生徒への支援とは
SCHOOL INITIATIVES
もともと外国出身の子供たちの割合が多い三重県。同県ではこれまでもそうした子供たちへの支援を進めていたが、2020年から新たにオンラインによる日本語教育の取り組みをスタートした。その背景について三重県教育委員会に話を聞いた。
外国人移住者の多い三重県
三重県では2020年から、オンラインによる日本語教育の取り組みを実施している。YSCグローバル・スクール「NICOプロジェクト」に委託し、日本語教育が必要な児童生徒は学校のPCルームや特別教室などで日本語教育を受講できる仕組みだ。
「もともと、三重県は日本語指導が必要な児童生徒の数が全国的に見ても多い県です。2021年に行われた文部科学省の調査を見ても、三重県における『日本語指導が必要な児童生徒の学校種別在籍状況』の合計は2,653人で、県人口に占める割合を考えると全国で愛知県に次いで2番目の多さです」と語るのは、三重県教育委員会事務局 の淺井祐治氏。三重県は鈴鹿市の本田技研工業(ホンダ)の鈴鹿製作所や、四日市市の味の素 東海工場など大企業の工場があり、そこに勤めるため家族で海外から三重県に転居してくるケースが多いのだ。特に外国出身の児童生徒が多いのは四日市市などの人口が多い都市が中心で、全体の85〜90%を占めるという。
淺井氏は「こうした外国人集住都市に対しては、以前から子供たちへの支援を行っていました。県として、文部科学省が行う『帰国・外国人児童生徒等に対するきめ細かな支援事業』による補助金を活用し、巡回相談員の派遣や桑名市、四日市市、鈴鹿市といった拠点校の受け入れ体制や、指導体制整備の支援などを行い、外国人児童生徒の受け入れや指導が行えるように整備しました」と語る。一方で、集住都市以外の10%の市町村に住む外国出身の児童生徒へのきめ細やかなサポートは難しく、「外国人児童生徒巡回相談員」(以下、巡回相談員)や「外国人児童生徒巡回支援員」(以下、巡回支援員)による学校訪問にとどまっていた。
オンラインで磨く日本語能力
三重県教育委員会事務局の竹内かおり氏は「巡回相談員は、現在県で16名雇用しており、ポルトガル語やスペイン語、タガログ語、ビサイヤ語、中国語にそれぞれ対応した職員がいます。外国人児童生徒は、日常生活の上で日本語に囲まれた状態で、母語を耳にする機会がありません。母語で会話できる職員を派遣することでそのストレスを緩和します。同時にこの相談員は、日本語指導ができるよう臨時免許を出していますので、外国人児童生徒への日本語指導も行えます。巡回支援員は通訳を行う職員で、ポルトガル語、スペイン語、タガログ語の通訳にそれぞれ1名ずつ職員を雇用しています」と話す。しかし、限られた職員では十分な日本語教育を行うことは困難だ。実際巡回相談員は県全域の小中学校に振り分けて派遣されるため、1カ月か2カ月に1回程度の訪問になる。
そうした日本語教育の課題を解消するため、取り組みをスタートしたのがNICOプロジェクトによるオンライン日本語教育の取り組みだ。今回の取材では、実際にこのNICOプロジェクトを利用してオンライン日本語授業を受講している生徒が在籍する紀北町立三船中学校に伺うことができた。三船中学校には今年の4月に、フィリピンから日本に訪れた男子生徒が転入してきた。母語はビサヤ語だが、英語も話せるという。当初は英語以外の教科を個別指導する体制で対応する予定だったが、日本語が話せないことで、コミュニケーションに課題が生じていた。そうしたときに、県で行っているNICOプロジェクトの活用を知ったのだ。
紀北町立三船中学校 校長 矢賀正之氏は「NICOプロジェクトの日本語オンライン授業に、生徒本人は非常に意欲的に取り組んでいます。日本語オンライン授業は1日5時間受講しており、ほかの教科の授業は受けていません。すでに受講を始めて3週間ほどたちますが、少しずつ日本語でのコミュニケーション能力が身に付いてきているというよい感触があります」と笑う。実際、日本語オンライン授業の休み時間に、男子生徒と矢賀氏が会話する場面があったが、これから行く予定の修学旅行の話など、単語単語での会話ながらスムーズなコミュニケーションが取れていた。
「1日中オンラインの授業に取り組むことに、最初は迷いもありました。しかし、実際に授業の様子を見ると非常に分かりやすく、生徒も意欲的に取り組んでいます。当面はオンライン授業のカリキュラムにのっとり、1日5時間、週5日の授業を集中して受けてもらう予定ですが、2学期には教室に戻って国語や数学などの教科指導を行えるようにしていきたいですね」と矢賀氏。
さらなるICT活用で支援を進める
NICOプロジェクトの受講コースは日本語レベル1〜3に分けられており、三船中学校の男子生徒は現在レベル2のコースを受講している。レベル3になると週2回の受講となり、それ以外の時間は教室で教科学習に取り組むことになるという。
三重県教育委員会事務局の淺井氏は、昨年NICOプロジェクトの日本語オンライン授業を受講した学校を振り返り「レベル3まで受講した生徒は、かなり高い日本語能力が身に付いたと聞いています。昨年は14名受講しましたが、今年は合計で50名ほどが受講する予定です。基本的にはGIGAスクール構想で導入した端末を使い、音漏れが気になるようであればイヤホンなどを併用して対応してもらっていますが、画面が小さくて受講がしにくいといった声がある場合は、学校のPCを使ってもらうケースもあるようです」と語る。
今年度は、NICOプロジェクトによるオンライン授業をさらに広げていくほか、インターネットで外国人散在地域の子供たちをつなぐ取り組みを進めていく方針だ。「集住都市には、初期日本語指導教室が開設されています。そこと散在地域の子供たちをつなぎ、支援を進めていきます」と竹内氏。また、NICOプロジェクトを運営する青少年自立援助センターと契約し、分かりやすい日本語授業にやり方のノウハウ学びながら、県の拠点校と散在地域の学校をつなぎ、日本語指導を遠隔で行う伴走支援を進めていく。
「通訳支援にもICTの活用を検討しています。例えば通訳アプリやデバイスなど、さまざまな言語を通訳できるツールを活用して、コミュニケーションの円滑化ができないか検討しています。また、通訳を行う巡回相談員がZoomを活用し、遠隔での通訳支援ができないかといったことも検証しており、外国人児童生徒への支援をさらに充実できるよう、取り組みを進めていきます」と淺井氏は力強く語った。
通訳アプリ&デバイスで
学校の日常会話を円滑に
INTERPRETER APPS & DEVICES
外国出身の子供たちの学びを支援する上では、オンライン教育のほかに、日常的なコミュニケーションも円滑に行えるようにしたい。しかし、さまざまな国から訪れる外国出身の子供たちの母語に、学校教員が個別に対応するのは至難の技だ。そうしたシーンで有効なのが、アプリやデバイスによる通訳支援だ。
定型文で間違いのない伝達が可能
いつでも手にしているスマートフォンが、専用の通訳機になる。凸版印刷の「VoiceBiz」は、音声通訳12言語、テキスト通訳30言語に対応した法人向け音声通訳アプリで、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の多言語音声翻訳技術の研究開発成果に基づいた、ニューラル機械翻訳(NMT)を採用している。これにより、日常的な会話をより自然に通訳できるのだ。
凸版印刷の永野量平氏は「VoiceBizは、教育委員会や自治体での導入が多い通訳アプリです。もともと当社がNICTから委託を受けて行っていた、自治体の多言語研究事業がベースになっており、現場での使いやすさにこだわった通訳アプリです」と語る。
VoiceBizは、凸版印刷と契約し、発行されるIDとパスワードを入力することで使い始められる。アプリ上で通訳する言語と、通訳される言語を設定し、マイクボタンを押して話したり、キーボードで文字入力をすることで、文章が翻訳される。音声で再生されるほか、テキストでも画面上に表示される。特長的なのが、元の文章と、翻訳された文章のほかに、翻訳された文章をさらに元の言語に翻訳したテキストの3行が表示される点だ。通訳に誤りがあった場合すぐに気付けるため、コミュニケーションに齟齬が生じることを防げる。
また、VoiceBizでは自動通訳のほかに、利用シーンに合わせた定型文をあらかじめ収録している。例えば導入の多い学校や自治体はもちろん、避難所、観光、保育所、新型コロナワクチン摂種会場での言い回しなども用意されている。永野氏は「これは機械翻訳ではなく、あらかじめ正しく翻訳をした定型文です。英語、中国語(簡体字)、韓国語、インドネシア語、タイ語、ベトナム語、ポルトガル語(ブラジル)、ミャンマー語、スペイン語、フランス語、ウルドゥ語、ネパール語に対応しています。この定型文を使えば、学校生活の中で『担任の先生がいないので自習になります』といったことをスムーズに伝えられます」と話す。
すでに都市部を中心とした多くの学校現場で、日常的な生徒指導のほか、保護者とのコミュニケーションにも活用されているVoiceBiz。「現在はコミュニケーションのサポートツールですが、最終的に同時通訳機能を実装し、授業や面談、発表など学びの上で必要不可欠なツールにしていきます」と永野氏。凸版印刷では今年4月から、新たに多言語機能を取り入れたWeb連絡帳システム「E-Traノート」もリリースしており、ICTの力で教育現場の多言語化への対応をサポートしていく。
カメラでテキスト翻訳も実現
AI通訳機「POCKETALK」(以下、ポケトーク)。そのデバイスをテレビのCMや家電量販店の店頭で目にした人も多いだろう。現在、エントリーモデルのポケトークWと、ハイエンドモデルのポケトークS、ポケトークS Plusをラインアップしているほか、今年5月26日からはAI通訳アプリ「ポケトーク」の配信もスタートし、スマートフォンでも使えるようになった。
ポケトークは70言語を音声やテキストに翻訳できるほか、12言語をテキストに翻訳可能だ。クラウド上の複数の翻訳エンジンから、最適なエンジンを選択して翻訳することで、高い精度の通訳を実現している。Wi-Fiのない場所でも使えるよう、グローバル通信2年付きの専用eSIM内蔵モデルをラインアップしているため、場所を選ばず使えるのもメリットだ。本体下部にあるボタンを押して話すだけで通訳できる手軽さから、多くのユーザーに利用されている製品だ。
このポケトークは、個人が海外旅行などで使うだけでなく、ビジネスシーンでも多く採用されている。その一つが教育現場だ。東京足立区立の全小中学校に1台ずつ導入され、児童生徒と教職員とのコミュニケーションに役立てられているほか、足立区の災害時のコミュニケーションツールとしても60台採用されている。導入校は1,600校を超えており、幼稚園や保育園などでも導入実績がある。
「先日スマートフォンアプリをリリースしましたが、学校での利用は引き続きAI通訳機がメインとなるでしょう」と語るのは、2022年2月1日にソースネクストから会社分割によって設立されたポケトークの取締役 兼 CMO 若山幹晴氏だ。児童生徒が学校でスマートフォンを使うことを禁止しているケースなどもあるためだ。
特に人気が高いのがポケトークSとポケトークS Plusだ。この2機種にはカメラ搭載されており、このカメラで文字を撮影すると、55の言語を自動で認識して翻訳し、画面上に表示してくれる。例えば学校現場で、配布したお知らせのプリントや日本語の問題文などを撮影して、外国出身の児童生徒の母語に翻訳するような活用も可能だろう。
「主に使われるのは教員と児童生徒、教員と保護者間のコミュニケーションです。子供たちの間では、最初こそ会話のとっかかりに利用されますが、打ち解けると日常会話程度は問題なくできるケースは少なくありません。教員1人に1台ずつ利用してもらっているケースもあり、学校の多言語対応に非常に役立てていただいています」と若山氏。
ポケトークには、ZoomやTeamsなどのWeb会議ツールと組み合わせて使うと、画面上に通訳した内容を字幕で表示できる「ポケトーク字幕」もラインアップしており、保護者とのオンライン面談などで積極的に活用されているそうだ。 「ポケトークのミッションは“言葉の壁をなくす”ことです。特にコロナ禍において、教育現場や医療現場での通訳に対する需要が顕在化しており、これからも皆さまのニーズに耳を傾けながら、製品のサービス内容のブラッシュアップを進めていきます」と若山氏は意気込んだ。