Case.2:東京都中央区
隅田川上空から医薬品を運ぶ
レベル3のドローン飛行は、主に離島や山間地域など住民の少ない地域で実施されている。しかし河川など歩行者のいないルートを飛行することで、都内でもドローン配送の実証実験を行っている事例がある。日本航空(以下、JAL)、KDDI、ウェザーニューズ、Terra Drone、東日本旅客鉄道が2022年2月8日、9日、16日に、東京都で採択された「東京都におけるドローン物流プラットフォーム社会実装プロジェクト」において、隅田川に架かる複数の大橋をドローンで横断する医薬品配送の実証実験を実施した。いわゆるレベル4と呼ばれる、有人地帯における補助者なしの目視外飛行を見据えた実証実験だ。
JALとKDDIが取り組むドローンの実証実験はこれが初めてではない。2021年10月27~28日には兵庫県の洲本市メディセオ淡路支店駐車場から県立淡路医療センター屋上庭園の区間をドローンで飛行し、アンプル型の医薬品(擬似品)を輸送した。このドローン飛行で利用されたのが、KDDIが開発した「運航管理システム」によるドローンの自律飛行、遠隔制御、空域管理(複数のドローンの飛行状況、飛行計画の把握、他のドローン接近時の飛行回避対応)などだ。2022年2月15日には2社の間で、ドローンの社会インフラ化に向け、運航管理の体制構築やビジネスモデルの共同検討に関する基本合意書を締結している。
東京都におけるドローンの医薬品配送では、医薬品や医療機器などを扱う医療薬品卸会社メディセオの新東京ビルから、聖路加国際大学聖路加国際病院への配送を想定して実証を行った。今回の実証実験ではACSL製のドローン「ACSL-PF2」を活用し、国が定める「ドローンによる医薬品配送に関するガイドライン」に基づいた医薬品の品質管理や、1機体につき1日当たりの配送可能回数の検証、オンデマンド配送の実現性などを検証した。JAL デジタルイノベーション本部 エアモビリティ創造部 オペレーション企画グループ グループ長 田中秀治氏は「ガイドラインに準拠してガラス製のアンプル型医薬品(模擬品)を配送し、温度変化や固定状況に問題ないことを確認しました。配送回数についても事前に予定していた検証回数をクリアできました。オンデマンド配送では、メディセオさまに協力してもらい、トラック配送と比べて発注から納品までの所要時間をどれくらい短縮できるかといったプロセスを検証しました。こちらもほぼ計画通りの時間で達成できました」と話す。
都市部から地方へ活用を拡大
今回の実証実験では、三つの大橋を横断して配送した。横断に当たってはそれぞれの橋に監視員を配置し、レベル4を見据えた環境下で実証を行った。
都内におけるドローン配送では、山間地域や離島などと比較して、ビル風など気候の影響を受けやすいというリスクがある。今回の実証実験にウェザーニューズが参画しているのも、ビル風の乱流シミュレーションを行い、ビル風への対応を進めていくためだ。KDDIのドローン事業を2022年4月1日付けで継承した連結子会社、KDDIスマートドローンの代表取締役社長 博野雅文氏は「ビル風への対応は予測に加えて、風に強い物流ドローンの開発なども必要です。またビルの影響で、ドローンの位置情報を取得できないなど、都市部ならではの課題も見えてきています。今後こうした、都市部で物流ドローンを活用する課題の解決も図っていく必要があります」と指摘する。
ドローンによる医薬品配送は、都市部でももちろん有効だが、最も大きな効果を発揮するのは薬局や病院のない離島や中山間部の人口減少地域だ。博野氏は「ドローン飛行には、周辺状況の確認や各種の機体情報の伝送を行うための通信環境が必要ですが、現状のモバイル通信ネットワークは地上で使うことを前提として設計しています。例えば離島に医薬品を届ける場合、ドローンは海の上を飛行することとなり、これまでの4G LTE回線でカバーできない場合があります。当社は、これまで光回線が敷設できないような環境においても、衛星通信を活用して基地局回線を提供することで、4G LTEカバーエリアを拡大し、ドローンの飛行ルートを確保するといった取り組みも進めていきます」と話す。今後、こうした通信環境を利用して、JALと共に奄美大島といった離島への医薬品配送の実証実験もスタートしていく。これまでの医薬品配送は卸会社から病院、病院から薬局といったBtoBでの活用をメインとしていたが、奄美大島での検証は本土から離島のポートにドローンを飛行させ、そこで島民に直接医薬品などを受け取ってもらうBtoCの運用も視野に入れて検討している。「都心に限らず、中山間地域や離島など幅広いシーンで、ドローンの医薬品配送の実現を目指していきます」と田中氏は展望を語った。
Level.4からのドローンビジネス
航空法の改正内容とこれからの市場拡大
レベル3からレベル4に向けたドローン飛行の事例を見てきた。ここからはレベル4飛行を実現できる航空法の改正内容と、それにより拡大するドローンビジネス市場の可能性について、解説していこう。
Law:国土交通省
有人地帯での飛行実現に向けた法改正とは
ドローンによる第三者上空での補助者なし目視外飛行を実現できるレベル4飛行が2022年中に解禁される。レベル4飛行解禁を控え、国土交通省ではドローンへのリモートIDの搭載を2022年6月20日以降義務付けると同時に、重量が100g以上のドローンはドローン登録システム(https://www.dips-reg.mlit.go.jp/drs/top/init)から所有者情報やリモートIDの登録手続きを行う必要がある。飛行中でも警察などが機体の識別を可能にすることで、空の安全を確保していく。
またレベル4実現に向けて、ドローンの機体認証や操縦ライセンスも新設する。機体認証はドローンの設計や製造過程といった安全基準への適合性について検査を行うものだ。機体認証および型式認証は第一種と第二種に区分され、レベル4相当で利用できるドローンの機体認証は第一種にあたる。
操縦ライセンス制度は、ドローンを飛行させるために必要な知識や能力を有することを証明する制度だ。技能証明は一等および二等に分類されており、レベル4相当のドローン飛行が行えるのは一等ライセンスにあたる。ライセンスの有効期間は3年とし、更新の際は登録更新講習機関が実施する講習を修了する必要がある。
レベル4飛行とレベル4未満の飛行共通の運航ルールを創設するほか、レベル4飛行では運航管理体制を個別に確認する体制を設ける。共通ルールでは「飛行計画の通報」「飛行日誌の作成」「事故の報告」「負傷者の救護」などが策定されている。レベル4飛行で必要になる運航管理体制では、基本的な安全確保の措置に加え、他のドローンとの接触リスクなどを洗い出し、飛行経路を見直したり、適切なシステムを活用したりするなどの対策を実施することを求める。レベル4飛行は、機体認証、操縦ライセンス、共通運航ルールの遵守と運航管理方法の個別管理を行い、国土交通大臣の許可・承認を得ることで実施可能になる。またレベル4以外の飛行は、前述した機体認証(二種以上)、操縦ライセンス(二等以上)、共通運航ルールを遵守すれば原則手続き不要でドローン飛行が可能になる。
国土交通省 航空局 無人航空機安全課 無人航空機企画調整官 小御門和馬氏は、ドローンのレベル4飛行解禁により生まれる可能性について「物流でのドローン活用が広く進むでしょう。現状、ドローンを飛行させる場合は人がいない経路を選択する必要があり、万が一人が通る場所を通過する場合、人の立ち入りを管理するために補助者を配置する必要があります。レベル4飛行では補助者の配置が不要になり、最短ルートの飛行が可能になります」と語る。
また現在は、ドローンの操縦者の目視外における発着陸時にも補助者の配置を必要としているが、これらの補助者は不要となり、カメラなどによる遠隔監視で対応可能だ。「レベル4でのドローン飛行は2022年12月に運用がスタートしますが、機体認証や操縦ライセンスの取得の期間が必要になるため、実際には2023年2~3月ごろにレベル4飛行が開始されると見込んでいます。さまざまな人にしっかりと利用してもらえるよう、制度整備を進めていきます」と小御門氏は語った。
Market:インプレス総合研究所
業種ごとの知識がドローンビジネスに必要
レベル4を契機に、ドローンビジネスはどのように広がっていくのだろうか。2016年度からドローンビジネス市場について調査を続けているインプレス総合研究所は、2022年3月24日に発売した「ドローンビジネス調査報告書2022」において、2021年度の日本国内のドローンビジネス市場規模は2,308億円になると推測している。2022年度には、前年度比34.3%増の3,099億円へと拡大し、2027年度にはレベル4解禁によりドローン活用が促進された結果、7,933億円に達する見込みだ。
ドローンビジネスの市場規模は、機体、サービス、周辺サービスの三つで構成されている。サービスはドローンを用いた物流や防犯、農業といった用途での活用だ。周辺サービスは、バッテリーなどの消耗品や定期的なメンテナンス、スクール事業などがこれに当たる。
この中で最も大きいのがサービス市場で、2021年度は前年度比38.5%増の1,147億円。レベル4実現に向けた航空法改正に伴い、2022年度以降はサービス市場がさらに拡大していく見込みだ。特にサービス市場で大きく拡大するのが点検サービスであり、2021年度は420億円だった同市場は、2027年には1,993億円にまで拡大する予測だ。本調査を担当したインプレス総合研究所の河野大助氏は「日本のインフラ設備は老朽化が進んでおり、それらの点検整備にドローンの活用は大きな需要があります」と話す。
また、農業でも活用が大きく広がる見込みだ。特に農薬散布の用途での活用が、今後も拡大すると見込んでいる。「人が行う作業の代替として、ドローンを使うことに大きなニーズがあります。農業における農薬散布はもちろん、防犯でもドローンの活用は進むでしょう。例えば、広域な施設を持つ企業が、ドローンで巡回して監視するような活用が増えるでしょう。すでにビルの内部をドローンが警備する取り組みなどもいくつか出てきています。今後活用が伸びていくのは広域の監視で、例えば川への不法投棄や、海での密漁など、監視カメラを補助する役割として、広域をドローンで監視するような活用が広がるとみています」と河野氏は指摘する。
レベル4のドローン飛行が可能になることで直接的に伸びるのはドローンのサービスは物流がメインだ。しかし、活用の幅が広がることで、「思いもよらない分野で伸びる可能性がある」と河野氏は指摘する。それにより多様化していくのが、ドローンの機体だ。特に産業用途は、「使うシチュエーションによって機体の形や価格が変化していくでしょう」と河野氏。
例えば点検や測量で使用するドローンの中には、LiDAR(レーザー光のよる物体の距離や方向の測定を行うセンシング技術)を活用し、山の地形を森などの障害がない状況で把握する手法がある。そうしたセンサーの取り付けは、ドローン専用品を使うこともあれば、市販品を使うこともあるなどさまざまだ。また、家屋の天井裏のような狭い場所を点検する場合、非常に小型のドローンのほうが点検がしやすい。ドローンの機体に関する市場も、産業利用者によって幅広い市場の可能性を持っている。
一方、さまざまな業種でドローンの活用が進む中で、課題となっているのがその業種へのノウハウを持つドローン操縦者が少ないことが挙げられる。「今後、ドローン操縦ライセンスが導入されることでスクール事業の動きが全国で活発になるでしょう。一方でただドローンを飛ばせるだけでは、その業種で必要なデータにクオリティとのギャップが生じるケースが多いです。産業ごとに必要な知識なども含め、スクールで学べる環境が出来上がるとよいでしょうね」と河野氏は語った。こうした業種ごとの深い知識をすでに持っている販売店などは、ドローンビジネスに参入することで、より満足度の高いサービス提案につなげられる可能性もありそうだ。