全体最適化を導くSIPスマート物流の実証
内閣府が取り組む戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)。府庁の枠や旧来の分野を超えたマネジメントによって、科学技術イノベーション実現のために創設された国家プロジェクトだ。そのSIPの第2期の中で掲げる12の課題の一つとして、スマート物流サービスがある。
医療物流のデータを一元化
物流業界が抱える課題は人手不足、ニーズの多様化、そして独特の商習慣など多岐にわたる。各企業が自助努力を進めているが、企業をまたがる業界全体では、それを解決することが難しいという現状もある。そうした物流業界の課題に対して、個社単体では達成不可能な、全体最適化を実現するために取り組まれているのが、2018年から始まったSIP第2期のスマート物流サービスだ。研究開発項目として、(A)物流・商流データ基盤の構築と、(B)省力化・自動化に資する自動データ収集の開発がある。
NECは、この(A)物流・商流データ基盤の構築の内、医療機器物流におけるトレーサビリティの確立とサプライチェーン全体の効率化に関する実証実験を、日通総合研究所とともに実施した。本実証実験は日通総合研究所が中心となり、整形外科と循環器内科の物流において医療機器メーカーからディーラー、ディーラーから病院、さらには病院内での物流に関するデータを一元的に管理するデータ基盤を構築している。NECはデータ基盤構築にあたり、同社のネットワーク技術やソリューションの知見・実績などの強みを生かした「NEC Smart Connectivity」のサービスの一つである「データコネクトサービス」を活用し、各事業者間の出荷・入庫情報などの物流データをひも付けたという。
安心安全なデータ流通を実現
「医療機器業界の流通の特徴として、“買取”と“預託”があります。買取は一般の消費財や雑貨類の流通と同様であり、メーカーはディーラーからの発注に応じて販売して納品し、ディーラーは病院からの発注に応じて納入します。一方の預託は一般の商流や物流とは大きく異なる取引形態です。預託はあらかじめ病院に資機材を預けておき、使用した分だけを“購入した”と判断して代金を請求する仕組みなのです。例えば手術で使う資機材は、多めに所持しておかなければ患者の命にかかわります。そのため、病院に資機材を預けておくというのが業界特有の流通になっているのです」と語るのは、NECの青木宏樹氏。しかしこの預託した資機材の管理は、ディーラーやメーカーの大きな負担となる。今回の実証実験は、そうした医療機器業界の物流課題の解決を図る仕組みの構築を目指している。
実証実験は大きく分けて、①医療機器の流通経路におけるトレーサビリティ可視化、②データ可視化(共有化)による在庫の最適化、及び製品管理精度の向上、③病院内在庫・使用実績の管理精度の工場と病院内物流の効率化がある。トレーサビリティにおけるデータ照会については、基本的な方針として「会社や病院が直接商流に関わるもののみが照会できる」ようにすることで、情報連携を円滑化しながらもセキュリティを担保している。
実証実験による物流の共有化により、「代表ディーラー手配による病院への共同配送」は50%、「代表ディーラーによる一括調達および在庫コントロール」は40%の輸送コスト削減につながった。今後は共同で物を運ぶ物流のスタイルが主流になっていきそうだ。
「メーカーとディーラーの間や、ディーラーと病院の間の物流をそれぞれ最適化していくのは限界があります。そこで必要となるのがデータ共有であり、全体最適化を図っていくことで効率化を実現できます。当社のデータコネクトサービスはデータの開示範囲をコントロールしながら必要な情報のみを提供でき、安心安全なデータ流通の実現に役立てられます」とNECの山下亜希子氏。今後は2022年の社会実装に向けて、準備を進めていく。
スマホカメラで荷姿を計測
SIP第2期の研究開発項目(B)省力化・自動化に資する自動データ収集の開発において、「スマート物流を支援するスマホAIアプリケーション基盤技術の研究開発」が採択されたAutomagi。同社は効率的な共同配送の実現に必要不可欠な荷物の情報を、画像から簡単に取得できる画像処理AIシステムの研究開発に取り組んでいる。
Automagiの研究開発の最大のポイントは、操作方法の習得が容易なスマートフォンアプリに、AIによる荷姿計測の技術を実装することだ。メジャーや専用の大型機器が必要なく、現場の集荷担当者や配荷手配担当者、配送ドライバーなどが荷姿を撮影するだけで、必要な情報を簡単にデータ化できるようになれば、積載や配送効率の改善が進む。また、効率的な共同配送を実現するためには荷物の情報が不可欠であり、それが画像から簡単に取得できるようになれば、物流業界の新たな体制作りと課題解決をサポートできる。
Automagiの和田 龍氏は「荷姿の計測には、Googleが提供するARプラットフォーム『ARCore』の技術を利用しています。Android端末の一部に搭載されている機能で、映像から深度を測れます。当社が得意とするディープラーニングと組み合わせれば、荷物の長さを測ることが可能になります」と語る。
具体的には、スマートフォンのカメラを荷物に向けると縦横幅の三辺のサイズ計測が行える。また荷物の識別バーコードや取り扱い注意マークなども読み取って、クラウド連携が可能だ。単眼カメラの安価なAndroidスマートフォンでサイズ計測が行えるため費用対効果が高いと言える。iPhoneの場合は、レーザー光を利用して物体の距離を測る「LiDAR」(Light Detection and Ranging)を使って計測できるようアプリを開発しているが、現状LiDARに対応しているのはiPhone 12 ProおよびiPhone 12 Pro Maxに限られる。
「当社が開発したアプリを利用すれば、集荷や受付業務における荷物情報のサイズ採寸や荷物情報の読み取り、受付記録がスマートフォンをかざすだけで完了するため、60秒ほど要していた作業をボタン一つで対応できるようになるのです」と和田氏。
この荷姿情報収集AIアプリケーション「logi-measure」(ロジメジャー)は、2021年の実用化に向けて開発が進められている。2020年9月にはこのプロトタイプ版の無料モニターを10社限定で募集し、2週間程度実際に使用してもらったという。「実際に使った企業さまからは、撮影する角度や人によって結果が異なるなど、精度にムラがあると指摘がありました。しかし、使い勝手は非常によく、精度が改善されれば間違いなく導入するとプラスのご意見もいただいています。今後は2021年4月中旬のリリースに向けて、ディープラーニングの改善を進めながら全体的な認識精度の向上に取り組んでいきます」と和田氏は語った。