セキュリティ市場はクラウドが拡大傾向
ゼロトラストでの複数の保護対策が要

七つの製品グループから見る動向

企業で多様なクラウドソリューションの利用が進む中、それによって生じるセキュリティリスクを防ぐため、多層防御の需要が高まっている。昨今はランサムウェアの攻撃パターンが複雑多岐にわたっており、企業のネットワークのセキュリティ運用やエンドポイント管理、セキュリティ対策などを今一度見直しておくことが重要だ。そのため、まずは市場に出回っているセキュリティソリューションのメリットや市場動向などについて把握したい。昨今注目されているセキュリティ市場や被害事例、対策ポイントをアイ・ティ・アール(以下、ITR)に聞いた。

ID管理、エンドポイント市場に注力 ファイアウォールは管理を委託

ITR
コンサルティング・フェロー
藤 俊満 氏

 ITRが発表しているセキュリティ市場の調査結果は、「アイデンティティ・アクセス管理市場」や「エンドポイント・情報漏洩対策型SOCサービス市場」など大きく七つの製品グループに分類される。同社 コンサルティング・フェローの藤 俊満氏は、セキュリティの注目市場をこう説明する。「セキュリティ市場で伸びているのが、クラウドのID管理を担う「Identity as a Service」(IDaaS)で、2020〜2025年度の年平均成長率は24.6%です。電子本人確認を行う『electronic Know Your Customer』(eKYC)市場も同34.1%と大きく増加しており、クラウド認証、本人確認市場の高まりが見て取れます。IDaaS市場拡大の理由は二つあり、一つはコストの問題があります。手間のかかるID管理システムを長期にわたって自社運用するよりも定額のクラウドサービスを活用する方が利便性が高く、そのコストパフォーマンスの高さが評価されてきています。もう一つはセキュリティ管理の負担軽減です。IT管理スキルに長けた従業員が不足しがちな中堅中小企業などでは専門ベンダーに管理を委任するケースが増えています。IDaaS市場は、クラウド管理とセキュリティ対策を踏まえた有力な市場として提案できるでしょう」

 エンドポイントをクラウドで保護する「Endpoint Detection and Response/Next Generation Anti-Virus」(EDR/NGAV)市場も企業の注力度が高い。EDR/NGAV市場は、年平均成長率が16.9%と高い成長率を示している。既存のアンチウイルス製品は4%程度なので、約4倍近く伸びているのだ。背景として、社内外のネットワークに境界線を設けて外部攻撃を阻止する境界防御から、全ての通信を信頼せずにさまざまなセキュリティ対策を行うゼロトラストへ軸足が移っていることがある。また、クラウド内の脅威の可視化や防御を行う「Cloud Access Security Broker」(CASB)市場が同13.8%、クラウド内の動態管理、セキュリティ評価などを行う「Cloud Security Posture Management」(CSPM)市場は同48.5%、セキュリティ運用の自動化を支援する「Security Orchestration, Automation and Response」(SOAR)市場も、同35.6%とそれぞれ堅調に伸長し、エンドポイントやクラウドを保護する傾向が高まった。

 クラウドセキュリティ市場が高まりを見せる一方、ハードウェア市場は縮小傾向にあると藤氏は話す。「ファイアウォール市場はハードウェアに当たる製品市場内で一番大きく、年間約500億と高い市場規模となっています。しかし、年平均成長率が4.4%と伸びは鈍化しています。統合的な保護対策機能を備え、手軽に運用できる「Unified Threat Management」(UTM)運用監視サービス市場はセキュリティ対策が遅れている中堅中小企業の需要によって一定の市場がありますが、全体的にハードウェアの伸びは低いのが現状です。鈍化の原因には、ファイアウォールの利用形態が変わっていることが挙げられます。従来、ファイアウォールはユーザー企業のオンプレミス環境で導入していましたが、クラウド化が進行することでプロバイダーがほかのセキュリティ機能と併せて提供するケースが増えています」

※ベンダーの売上金額を対象とし、3月期ベースで換算。2022年度以降は予測値。
出所:ITR「ITR Market View:エンドポイント・セキュリティ対策型/情報漏洩対策型SOCサービス市場2022」

VPNのセキュリティ対策に注意 SIEMやXDRでの分析・遮断が重要

 さまざまな市場が新型コロナウイルスの影響を受けたと同様に、セキュリティ市場も様相が変容している。働き方の多様化が新たなサイバー攻撃を引き起こしているのだ。

「従来、オフィス勤務が当たり前でしたが、人々の密集を避ける感染対策の観点で就業場所が自宅や出先、サテライトオフィスにまで広がりました。出勤して仕事をする人もいますが、こうした多様化は社内システムへ少なからず影響を及ぼしており、攻撃先が社外にも向けられるようになりました。具体的な攻撃パターンとしては、VPNの脆弱性を突いた被害事例が多発しました。在宅勤務を導入した多くの企業が短期間に慌ててVPNを導入したために、セキュリティ対策が不十分だったことが起因しています」と藤氏は現況を振り返る。

 在宅勤務を契機とした攻撃事例が増える中、セキュリティ市場の将来展望を藤氏はこう話す。「クラウド化は今後も進むとみられるため、ゼロトラストでセキュリティを検討することが重要です。ゼロトラストのキーは、ネットワーク上での機密情報窃取のリスクが高いクラウドのIDを管理するIDaaS市場であり、今後も大きく伸びていくでしょう。IDaaS市場の拡大に付随して、eKYCなども増加していくとみています。また、エンドツーエンドで通信を行う際、通信元や通信内容のチェックするニーズも高まっており、CSPMも注目されています。実際に、クラウドサービスの設定不備がゆえに情報漏えいを招いた例も確認されています。クラウド移行に伴って、動態管理や設定診断なども注目市場となっていくでしょう」

包括的に監査・分析・検知対策を入口・出口対策製品は適材適所に

 ランサムウェアによる攻撃が増える中でのID管理は、IDを統合的に管理したり窃取を防いだりする目的には有効だが、入口対策のみに限られる点に注意が必要だ。藤氏は、「ID管理などの入口対策の次に、万が一サイバー攻撃に遭った場合の内部対策も取っておかなくてはいけない」と指摘する。

「攻撃パターンや被害状況によって内部対策に使うソリューションは変わります。一般的な内部対策は、複数のセキュリティデバイスのログを突き合わせて相関分析を行うSIEMのほか、エンドポイントだけでなくネットワーク、アプリケーション、オンプレミスなど包括的にサイバー攻撃の検知と防止を行う『Extended Detection and Response』(XDR)がメインになります。前述した二つはEDRやファイアウォールなど複数拠点から振る舞いのデータやログを収集して分析を行うため、サイバー攻撃発生時の対応を迅速化、強化したい企業に最適です」(藤氏)

 保護対象がエンドポイントか別かによっても必要な対応は変わる。そのため、攻撃が予測されるターゲット、企業の信頼に関わる重要性の高い領域を保護するソリューションを探すことが重要だ。「攻撃パターンが複雑多岐にわたる中では、当然クラウドやゲートウェイやエンドポイントなどを多層防御しなくてはなりません。一番重要な点は、企業が保護する対象や目的によって必要な対策が異なることです。企業が求める対策や従来の課題をヒアリングし、その条件に合ったセキュリティソリューションを適材適所に提案していきましょう」と藤氏は推奨している。

IoTサービス市場は継続して成長
2030年度は19兆4,267億円を予測

16分野からトレンドを見る

ネットワーク市場の中でも、IoTサービスに関連する市場は拡大傾向が続いている。交通、観光、防災、医療、ヘルスケアなど、今や至る所にInternet of Things(IoT)が活用されているのは言うまでもないだろう。2023年以降、IoT活用の流れはさらに幅広い分野に広がり、IoTサービス市場は2030年に向かって拡大していくとシード・プランニングでは予測している。

2023年度は9兆7,048億円を予測 あらゆる分野でIoTの実用化が進む

シード・プランニング
リサーチ&コンサルティング部
エレクトロニクス・IT第1チーム部長
主席研究員/コンサルタント
杉本昭彦 氏

 スマートホーム、自動運転、産業用ロボットなど、IoTテクノロジーは近年急速に実用化が進んでいる。シード・プランニングが行ったIoTサービス市場の調査によると、IoTの実用化の流れは2030年に向かってさらに加速していくと予測している。

 IoTサービス市場を金額ベースで見ると、2020年度は5兆8,876億円、2021年度は7兆726億円、2022年度は8兆3,491億円、2023年度は9兆7,048億円と年々増加していき、2030年度には19兆4,267億円になると同社は予測している。「IoTサービス市場は、最近の10年間で大きく伸長し、あらゆる分野での導入・利用が広がっています。産業用/製造、物流、サービスロボット、医療・介護サービスなど合わせて16分野、215市場にも及びます。従来までは、工場の設備にセンサーを取り付けて稼働状況を可視化するなどの使い方が大半でしたが、杖や靴にセンサーを取り付けてデータを取得するといった、今まででは考えつかなかったような新しい用途でIoTが取り入れられ始めています。今後もその流れはさらに加速していくでしょう」とシード・プランニング リサーチ&コンサルティング部 エレクトロニクス・IT第1チーム部長 主席研究員/コンサルタント 杉本昭彦氏は説明する。

 IoTを活用したサービスの実用化におけるキーワードとなるのが、“人の生活を豊かにする”ことだと杉本氏は話す。「IoTの使い道は無限大です。人の生活を豊かにし、社会の助けとなるようなサービスがどんどん増えていくでしょう。少子高齢化、業務の人手不足などのさまざまな社会問題を解決するため、介護の見守りIoT、医療手術支援ロボット、ドローン宅配、人と協調できるサービスロボットといった幅広い用途で利用が進んでいきます」

右肩上がりで成長を続けるIoTサービスの数もさらに増加

 分野別にIoTの利用動向を見ていくとIoTのトレンドが分かってきた。今回は16分野の中から、産業用/製造、物流、医療・介護サービス、ホームIoT、社会インフラに焦点を当てて見ていこう。

 まず、産業用/製造では、産業用ロボット、工作機械IoT、4K・8K監視カメラ、無人搬送車(AGV:Automatic Guided Vehicle)などにIoTが活用されている。工場のスマート化をキーワードに人口減少と少子高齢化への対策としてIoTの利用が増加している。

 物流では、ドライバー不足やEC市場の拡大による宅配需要の増加に対応するため、宅配ボックス、宅配車両自律走行ロボット、配達ロボットなどにIoTが利用されている。ドローン宅配の実用化への取り組みにも需要が高まっている。

 医療・介護サービスでは、大規模病院、医療施設から中堅・中小クラスの病院、クリニック、診療所までIoTの利用が進んでいる。今後も作業支援/補助、介護支援のためのロボット、医療手術支援ロボットなどでの利用が進んでいくとみられる。

 近年、需要が拡大しているのが、ホームIoTだ。ホームIoTでは、IoT家電による利便性、快適性を実現するサービスに利用が拡大している。高齢者や怪我・障がい治療後の歩行アシスタントとして利用するスマート杖、脳卒中や心筋梗塞などで関心の高まる睡眠を測定するIoTなどさまざまな用途で活用が進んでいる。

 社会インフラでは、道路、交通、交通信号、鉄道、駅、空港、港湾などの管理に活用されている。道路ひずみやひび割れの監視など、設備点検の用途で自治体でのニーズが高く、利用が広がっているという。

「農業や防災などさまざまな用途で活用が進んでいくとみています。IoTを活用したサービスは今後も増えていき、2030年に向けてIoTサービス市場は右肩上がりで成長していくでしょう。現在は、16分野、215市場ですが、2030年にはその数はさらに増えているはずです」(杉本氏)

出所:シード・プランニング

ネットワーク技術が高度化 5Gや6GがIoT普及を後押し

 IoTの普及拡大を後押ししているのが、モバイル回線とローカルネットワークなどの通信の進化だ。モバイルネットワーク技術は、1990年は2G、2000年は3G、2010年は4G/LTE、2020年は5Gといったように10年ごとに高度化している。

 同社によると、2030年のIoTサービス市場向け「モバイルWAN:5G/4G」の累計契約台数は、2020年度は3,874万回線、2030年度には2020年度比3.6倍の1億3,967回線にも及ぶと予測している。「高速大容量、低遅延、多数同時接続で利用できる5Gおよびローカル5Gに対する導入意欲が高くなっています。ローカル5Gのサービスの導入も本格的に進んでおり、5Gの公衆サービスが不十分なエリアでも5G通信が徐々に利用できるようになってきました。さらに2030年にはBeyond 5G(6G)の発展が期待されます。これにより、IoTの利用にさらに拍車がかかっていくとみています」(杉本氏)

 ローカル5Gの導入に向けて動きを見せている分野としては、

・製造工場
・建設現場
・農業
・港湾
・空港(滑走路、訓練施設、ターミナルビル)
・自治体
・防災
・病院
・教育
・電力/ガス/水道

などが挙げられる。特に、65歳以上の就業人口の多い農業においては、スマート農業化に向けてIoTをうまく活用できるかが鍵を握っているとも言える。トラクター、コンバイン、田植え機といった農業機械の自動走行や遠隔操作、センサーを活用した温湿度や給水の管理など、IoTを活用することで、品質や収穫効率を上げたり、農作業者の負担を減らしたりする効果を生み出す。漁業、畜産業においても農業と同様にIoT導入における効果が期待できる。

 「今までは人にしかできなかった部分も、IoTの導入によって、機械に作業を任せることが可能です。そうすることで、人手不足による作業負担の解消など、社会問題を少しでも解決につなげていくことができるでしょう」と杉本氏は見解を示した。