学習者用デジタル教科書で子供たちの多様な特性に合わせたインクルーシブ教育を実現
授業の中で、学習者用デジタル教科書を紙の教科書に代えて使用できるようになったのは2019年4月のこと。東京学芸大学附属小金井小学校は、それ以前となる2018年から学習者用デジタル教科書を活用した授業を展開している。当時は学習者用デジタル教科書ではなく、デジタル教材という位置付けだったそれらを活用して学びを実現しようとした背景には、障害の有無にかかわらず、多様性が尊重された環境で共に学ぶ「インクルーシブ教育」への取り組みがあった。
読み書きの困難をデジタルが解決
東京学芸大学附属小金井小学校(以下、小金井小学校)は、2013〜2014年度の文部科学省「インクルーシブ教育システム構築モデル事業」に採択されるなど、以前からインクルーシブ教育へ意欲的に取り組んできた。そのインクルーシブ教育を実現するための手段の一つとして、小金井小学校が2017年ごろから進めているのが、ICTの活用だ。
2016年に小金井小学校に赴任して以来、同校のICT教育に深く携わってきたICT部会 教諭の鈴木秀樹氏は「2017年に企業の支援のもと、学習者用端末として、私の受け持ちクラスだけですが1人1台のタブレットを整備しました。また、2018年2月ごろに教科書会社の光村図書が主催する研究会のイベントの中で、学習者用デジタル教科書の模擬授業を目にする機会があり『これだ!』と思いました」と当時を振り返る。
鈴木氏が着目したのは、学習者用デジタル教科書に搭載された読み上げ機能や、文字の大きさを変えるといったデジタルならではの機能だ。「これらの機能を見たときに、『読むことや書くことに困難を抱えている子供たちにとって福音になるだろう』と思ったんです」と話す。こうした読み書きに困難を抱えている状態は「ディスレクシア」と呼ばれる学習障害の一つだ。通常、学校の授業では教科書を読み、ノートに学習内容を書き留める。しかし読字に障害があると、教科書が読めなかったり、読めても非常に時間を要したりする。学習者用デジタル教科書には音声読み上げ機能が搭載されている。文字では文章理解が困難な子供も、音声であれば理解ができるケースがあり、学びに役立てられる。
「ノートに板書を写したり、考えたことを手書きしたりといったことが苦手な子もいます。本校で使用している光村図書のデジタル教科書にはデジタル教材として『マイ黒板』という機能が搭載されており、教科書の文字や挿絵を抜き出したり、線を足して考えをまとめたりできます。紙にはない機能を有した学習者用デジタル教科書を活用すれば、インクルーシブ教育が進むと考えたのが、本校での活用を決めた一番の理由です」(鈴木氏)
子供たちが集中して学べる環境に
小金井小学校では国語、社会、算数の教科において、学習者用デジタル教科書を活用している。算数では指導者用のデジタル教科書も併用しているが、国語と社会では教員も学習者用のデジタル教科書で授業を進めている。同校のICT部会 教諭の小池翔太氏は「算数の指導者用教科書では、円の面積の求め方を学ぶ際に、画面上で円を等分して並べ替えるシミュレーションコンテンツを見せることで、より理解が促しやすくなります」と語る。またデジタル教科書の機能だけでは児童の考えなどを学級間で共有することは難しいため、同校ではTeamsを活用して協働的な学びを行っている。またTeamsは日常的なコミュニケーションインフラの役割も果たしており、雑談や学級内での話し合いをまとめるようなことも、Teams上で行っている。
実際に学習者用デジタル教科書を活用することで、学びに変化はあったのだろうか。「大きく変わりました。子供たちは教科書を読んで自分の考えをまとめるといったことを全てデジタル教科書内で完結でき、非常に没頭して学びに取り組んでいます。45分の授業の中で、30分くらい子供たちが集中して自分たちで学ぶような風景が当たり前になっていますね」と鈴木氏。学習者用デジタル教科書を非常に有効に活用している一方で「教科書会社によってはUIが使いにくいことがあり、直感的に操作できるUIにしてもらえたらと思います」と苦笑する。
人材の多様性を受け入れてその能力を生かしていく「ダイバーシティ&インクルージョン」の考え方が叫ばれる中で、その先を行く教育に取り組む小金井小学校。しかしこれらのインクルーシブ教育について鈴木氏は「口で言うのは簡単なんですが、やはりすごく難しいんですよね。この国で子供たちが本当に学びやすくするためには、ICTの活用は避けて通れないでしょう。そのモデルを示せるような学校として、これからもICTとインクルーシブを掛け合わせた教育に取り組んでいきます」と語った。