メタバースを通じて市の魅力を体験「デジタルモール嬉野」

 インターネット上に構築された3次元の仮想空間「メタバース」。アバターと呼ばれる自分の分身が仮想空間の中に入り込み、現実世界と同じように他者とコミュニケーションを取ったり、コンサートやイベントを楽しんだりといった体験ができる。そんなメタバースを地方創生に活用する動きが自治体で広がっている。今回は、佐賀県嬉野市が大日本印刷、日本工営、ケー・シー・エスと共に構築したメタバース空間「デジタルモール嬉野」を取り上げる。

メタバースを通じて市の魅力を体験「デジタルモール嬉野」

佐賀県嬉野市
佐賀県の南西部に位置する人口2万5,088人(2022年12月31日時点)の地方都市。2006年に、藤津郡嬉野町と藤津郡塩田町が合併して嬉野市が発足した。約1,300年の歴史を誇る「嬉野温泉」を有する、九州有数の観光地。霧の多い嬉野盆地を流れる清流と澄んだ空気、豊かな土地で生まれた「嬉野茶」や温泉水を使って調理した「嬉野温泉湯どうふ」などが有名。

 新型コロナウイルス感染拡大によって、地域の観光業は、大打撃を受けた。約1,300年の歴史を誇る「嬉野温泉」を観光資源とする佐賀県嬉野市においても、コロナ禍の影響により、観光業が落ち込んだという。「新型コロナウイルス感染拡大以前は、年間約200万人の観光客が訪れる街でした。しかし、コロナ禍によって観光客が減少し、どうにかこの状況を脱却できないかと模索していました」と嬉野市 建設部 新幹線・まちづくり課 織田 理氏は振り返る。

 コロナ禍の現状を乗り越え、コロナ禍以降の観光需要を増やすため、嬉野市が大日本印刷、日本工営、ケー・シー・エスと共に行ったのが、メタバース空間「デジタルモール嬉野」の開設だった。「コロナ禍で旅行できない人にも、嬉野市を知ってもらい、コロナ禍以降に旅行で訪れてもらえるような仕掛けができないか、と考えて始まったのが、デジタルモール嬉野です」と織田氏は話す。

 嬉野市では、先進技術を用いて少子高齢化や交流人口の減少といった地域課題の解決を目指す取り組みを支援する内閣府の「未来技術社会実装事業」に応募し、2021年8月に採択された。これを受け、当市ではVR(Virtual Reality)/AR(Augmented Reality)、AI、5G、自動運転といった技術を活用した事業「嬉野市未来技術地域実装事業」の取り組みを始めている。今回のデジタルモール嬉野もその取り組みの一つだという。

旅マエ・旅ナカ・旅アトの価値を提供

 デジタルモール嬉野は、2023年9月23日、西九州新幹線の開業と合わせて、サービスを開始した。デジタルモール嬉野では、西九州新幹線の嬉野温泉駅と、その周辺の街並み、観光地などが3次元空間で構築されており、アバターを使って自由に散策できる。360度カメラで撮影した実写画像を使い、街並みは高精細な映像で再現されている。30名まで同時に参加でき、同じ空間内の利用者同士でチャットによる会話を楽しむことも可能だ。

 「デジタルモール嬉野は、『旅マエ(旅行前)・旅ナカ(旅行中)・旅アト(旅行後)』をキーワードにしています。嬉野市に興味を持ってもらい来訪につなげる旅マエ、実際に訪れて嬉野市の魅力を体験してもらう旅ナカ、帰宅後に旅行を振り返って再訪を促す旅アトの三つを前提に、デジタルモール嬉野を通して嬉野市に訪れる価値を提供していきます。デジタルモール嬉野には、嬉野市の魅力を知ってもらい、来訪意欲を高めるさまざまな仕組みを用意しています。現在、コンテンツの充実を図っており、ゆくゆくは、地域のコンテンツを生かしたライブコマース(商談・販売会)なども行えるようにしたいと考えています」(織田氏)

 デジタルモール嬉野は、アプリケーションなどをインストールするのではなく、PCやスマートフォンなどの端末からWebブラウザーを通して世界中どこからでもアクセスして利用できることも特長だ。デジタルモール嬉野の利用環境は以下を推奨している(内容は取材時でのもの)。


Windows 10以降/mac OS Catalina以降
iPhone X以降/iPhone SE(第1世代)以降※iPhone 7やそれ以前の機種は未対応
Android 11.0以降/RAM 8GB以上/Google PixelであればPixel 5以降
Chrome/Firefox/Safari/Edgeなどに対応


 筆者も実際にデジタルモール嬉野を利用してみたが、駅前や茶畑といった市の街並みが忠実に再現されており、まるで嬉野市に訪れたかのようなリアルな体験ができた。移動したり、手を振ったりといった動作を行った際のアバターの操作も遅延なく、スムーズだった。

観光客だけでなく市民も楽しめる空間

 デジタルモール嬉野の開設によって得られた効果を織田氏は次のように話す。「デジタルモール嬉野の開設によって、嬉野市には観光業における武器が一つ増えました。メタバースであれば、世界に嬉野市の魅力を発信できます。今は日本向けの仕様になっていますが、外国語への対応を実現し、最終的には、世界中の人が利用できるような場所にしたいと考えています。さらに、デジタル空間だけでなく、実際に嬉野市に訪れてもらえるような仕組みを構築していきたいです」

 嬉野市では今後も、観光業の発展に向けてデジタル技術を活用した取り組みを続けていく予定だ。最後に織田氏は「観光業を発展させていくため、デジタル技術をこれからも積極的に取り入れていきたいと考えています。観光客の増加は嬉野市の事業者にとってもプラスになります。デジタルモール嬉野を通して、嬉野市の魅力を発信し、市の発展のため、取り組みを続けていきます」と展望を語った。