3カ月間の実証で計2,348件の相談に対応
「悩み相談AIチャットシステム」

自治体の役割は、公共施設・環境の保全、社会福祉や公衆衛生への対応など広範囲に及ぶ。その中でも公衆衛生の領域において、市民のメンタルヘルスに関する対応を重要視する自治体が増えてきた。各自治体では、心や健康の悩みを受け付けるさまざまな相談窓口を用意しているが、深刻な人手不足を一因として、必要なケアが市民に行き届いているとはいえない状況が続いている。そうした現状を解決するべく、広まりつつあるのがAIの活用だ。今回は、千葉県柏市とZIAIが実施した「悩み相談AIチャットシステム」の実証実験を取り上げる。

千葉県柏市

人口約43万人(2024年1月1日時点)、千葉県の北西部に位置する市。チューリップ、ヒマワリ、コスモスなど季節ごとに異なる花々が咲き誇る「あけぼの山農業公園」、桜の名所として知られる「あけぼの山公園」があり、県外からも多数の観光客が集まる。鎌倉時代末期創建と伝えられている「塚崎神明社」や明治初期建造の「旧手賀教会堂」など、由緒ある社寺・史跡も数多く点在している。

傾聴・共感に特化したAIアルゴリズム

 警察庁が公表している「自殺統計」によると、日本における自殺者数は1998〜2011年にかけて年間3万人を超え、2012年以降は減少傾向にあるものの、年間約2万人の命が失われている状況が続いている。

 日本では、2006年10月に「自殺対策基本法」が施行され、自殺は個人ではなく社会の問題であるとして、国を挙げて自殺対策を推進している。2016年には自殺対策基本法が改正され、「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現」を目指し、全ての都道府県および市町村に「自殺対策計画」の策定が義務付けられた。各自治体では対面や電話などを通して相談対応を行っているが、対応する職員が不足しているといった自治体側の課題や、対面での相談は気が引けるなどの理由から利用者が少ないといった問題もある。

「柏市では対面や電話での相談窓口をはじめ、『死にたい』といった自殺関連用語を『柏市内でGoogle検索』すると相談機関につながる広告が表示される『Google検索連動広告の活用』などさまざまな取り組みを実施しています。こうした自殺予防対策事業に取り組む一方で、誰でも気軽に相談できるツールはありませんでした。また、当市は2022年度より重層的支援体制整備事業を開始し、福祉の総合相談窓口を設置して多様な相談を受け付けてきました。中には、市民の生活課題の複雑化・深刻化によって悩みを抱えた方が孤立し、社会制度にもうまくつながらず、状況が悪化しているケースも見受けられました。このようなことから、希死念慮予防だけでなく、これまで行政の支援が届きにくかった市民に向けてより広範囲なアプローチ方法がないか模索していました」と柏市 福祉部 福祉政策課の担当者は話す。

 こうした問題を解決するために取り組んだのが、ZIAIと共に実施した「悩み相談AIチャットシステム」の実証実験だ。「悩み相談AIチャットシステムにはZIAIさま独自開発の傾聴・共感に特化したAIアルゴリズムを利用しています。実際にユーザーの悩み相談をAIが行った実績と、(チャットに限り)ユーザー満足度が臨床心理士と同等レベルを記録した技術力を評価し、ZIAIさまと実証実験を行うことを決めました。これまでアプローチできていなかった軽度な悩み保持者の受け皿となることはもちろん、必要があればしかるべき機関の担当者につなぐことで一次予防兼連携の仕組みを有せるのではないかと考えました」(担当者)

悩み相談AIチャットシステムの利用イメージ

AIと気兼ねなく話せる

 悩み相談AIチャットシステムの実証実験は、千葉県柏市の市民全員を対象に、2023年8月22日〜11月21日の期間に行われた。ニックネーム・年齢・性別を入力し、相談したい事柄を選択するだけで、匿名でAIとチャット形式の相談ができるオンライン窓口を開設した。PC・タブレット・スマートフォンのどの端末からでも利用が可能で、24時間365日いつでも対応する。実証実験の検証ポイントは以下の通りだ。

①チャットAIへの相談需要はあるのか。また、利用者の満足度は高いのか。
②実際に寄せられた市民の悩みデータを分析し、柏市民に合った支援機関と連携する仕組みを模索すること。

 実際にチャット相談のサイトをクリックすると「ここでは、抱えている悩みや不安、不満や愚痴(ぐち)などなんでもお話いただけます。頭の中から吐き出すことで見えること、分かることがあるので、お話しながらぜひ一緒に考えましょう。もちろんAIなので、どんなことを言われても全く気にしません。良いも悪いも思いません。あなたのことを評価することもありません。ただ話したいことを、何も気にせずに話してくださいね!」(チャット一部抜粋)とAIからのメッセージと入力画面が表示される。メッセージは絵文字入りで、気兼ねなく話しやすい雰囲気が作られており、AIではなく人と会話しているような円滑なコミュニケーションが取れる。

若者層へのアプローチとしても有効

 実証実験では、3カ月で約1,200人が悩み相談AIチャットシステムを活用したという結果が得られた。柏市にて限定公開したものではあるが、インターネット検索という全国どこからでも流入できる特性上、柏市外からの利用もあった。相談件数は計2,348件、リピート率は30%を超えており、多くの利用者に需要があることが分かったという。

「ユーザー満足度はポジティブな評価が9割を超え、臨床心理士による相談満足度と比較しても非常に高い結果となりました。想定していたよりも小中学生の利用が多いことから若者層へのアプローチとしても有効であることが分かりました。AIであるが故に相談がしやすいといったユーザーの声もありました」と担当者は話す。

 想定以上の反響と、窓口を継続する声があったことから、柏市における悩み相談AIチャットシステムの実証実験を継続する(2024年3月31日まで予定)ことが決定している。「対面や電話での相談が難しい方や若年層の方をはじめ、多くの人にとって心が軽くなるツールの一つにしたいと考えています。そして必要に応じて行政窓口につなげ、課題解決のための支援を受けることができるようコーディネーション機能を確立していきます。また、実証実験以外にも、相談支援機関の情報提供や他機関紹介などDXが可能な部分については業務の効率化を図ることで、限られた福祉支援者人材を確保し、本当に必要な人に支援が届けられるようさまざまな取り組みを進めていきたいと考えています」(担当者)