あの人のスマートワークが知りたい! - 第5回

働き方にルールを定めないのが「はてな流」スマートワーク

LGBT対応・自宅勤務も形から入らず、ハード・ソフト両面で取り組む

文/まつもとあつし


ハード・ソフト両面の取り組みが、価値観、文化を創っていく

株式会社はてな コーポレート本部 人事・総務部長の松田光憲氏。

―― 今年8月、社内規定における「配偶者」の定義を変更されました。いわゆるLGBT(性的少数者)に対応したものですね。

松田 はい。そのなかで、「性自認・性的指向に関わる差別」の禁止を明文化しました。これは渋谷区から始まった同性パートナーシップ証明書の発行など外部の動きに呼応したものでもありますし、社内における多様性の確保が組織成長のためにも重要だという考え方が背景にありました。

 また、社員の事情に応じた在宅勤務への対応も行っています。弊社は形から入る会社ではないのですが、そういった制度があったほうが、生産性の向上や、組織文化を守り発展させることにプラスに寄与するだろうと考えているからです。

―― なるほど。一方で「形から入らない」というのが、多くの企業にとってはまず難しい面もあるかと思います。いわば「はてな」ならではの文化をどう浸透させているのでしょうか?

松田 組織のフレームワークに、マッキンゼーが提唱した「7S」というモデルがあります。ハード=組織構造についての1.戦略(Strategy) 2.組織(Structure) 3.システム(System)、そしてソフト=人についての4.価値観(Shared Values) 5.スキル(Skill) 6.人材(Staff) 7.スタイル(Style)というものです。

 これらの要素はいずれも大切ですが、私は特にハードとソフト両面のバランス・連携を取ることを心がけています。要は仕組みだけ整えてもダメだし、組織文化だけあってもダメなんですね。

 例えば、LGBTへの対応を図る場合も、就業規則というハードを変えることはもちろんなのですが、社内ではマネージャー向けの研修を実施したり、LGBTの方をお招きしてのセミナーといった、ソフト面の施策も同時に行っています。ハード・ソフト両面の取り組みが、価値観、文化を創っていくのだと思います。

―― なるほど、入れ物と中身の両方を整えていくようなイメージですね。では、テレワークといった新しい制度や、自転車通勤を推奨するユニークな制度を導入する際のきっかけはどういったものなのでしょうか?

松田 例えば在宅勤務の仕組みは、ご家庭の事情でオフィスで働けない、というエンジニアの声がありました。であれば、在宅勤務で良いよね、という感じで始まっています。会社としては当然優秀な人材には退職して欲しくありませんので、現場の声をきっかけに仕組みを整えた、という流れですね。

メールの代わりにブログを書き、判子の代わりにスター(いいね!)を押す

―― そういった「現場の声」を吸い上げる仕組みとは?

松田 はてなでは社内イントラネットとして自社サービスのグループウェアである「はてなグループ」を使っています。個人ユーザー様に提供しているものと同じく、「はてなダイアリー」をベースとした日記投稿システムがありますので、そこに皆が日々書き込みをしているんです。そこから声が伝わってくるという感じですね。

 リアルタイムのやり取りは弊社でもSlackを使っていますが、それ以外の日々の伝達はこの日記で行っており、メールを使うことはまずありません。私も子どもが熱を出してしまって面倒を見なければならなくなったときなどは、「今日は在宅で仕事します」と書き込みます。

 そしてこの日記は社員であれば誰でも見られるようになっているんです。在宅勤務制度もそこでの書き込みを見て、というのがきっかけでした。弊社は「テキスト文化」が浸透していると思います。皆文章をめちゃくちゃ書きますね(笑) ログもすごい量を残します。

―― それは今でもはてながドキュメント寄りのサービスを提供していることと関係しますか?

松田 もちろんそれもあるとは思いますが、一概にそれだけでもないと思いますね。エンジニアの文化というべきかもしれませんが、自分の考えをきちんとドキュメントにまとめ周知し、その上で必要に応じて議論をする。文章にすると考えも整理されますし、相手に考えが伝わりやすくなります。

 わたしも新しい人事制度が始まる際には、はてなグループの日記にエントリー記事を書き、社員全員にトラックバック(通知)を飛ばします。一般的な会社ですと一斉メールなどでしょうけど、はてなの場合は、そのエントリーを読んだ人から「はてなスター」が付きますね(笑)

―― Facebookでいうところの「いいね!」ですね(笑)

松田 その数や種類で社員からの評判を正確に測れる――というわけではありませんが、例えば子どもが生まれました、というエントリーには☆がいっぱい付きますね。単に「今日は休みます」という連絡も、その投稿に上司がスターを付けることで「承認」といった具合です(笑)

―― 普通の会社だと机でブログを書いていたら怒られそうですが、はてなでは逆に皆すごく書いているわけですね。

松田 そうですね。それが業務コミュニケーションのツールですから、ある意味当たり前なんです。もちろんオフィスでの直接のコミュニケーションや、テレカンでのやり取りというのもあるのですが、様々なサービスを展開するなかで、オフィスや職種を跨いだやり取りも沢山発生します。そういったなかで、はてなグループでの「日記」は有効なコミュニケーションツールになっていると思います。

 また、個人はもちろんのこと職種によっても、コミュニケーションの取り方にはギャップがあります。例えば一般的にエンジニアは議論を好む傾向がありますが、バックオフィスの人にとっては必ずしもそうではない。そういったギャップを理解し、埋めることにも一役買っていると思います。

 はてな社内では、この「日記」をフローな情報の投稿先、そして社員名簿やテレビ会議システムの使い方などストック的な情報は日記からも自動的にリンクされる「キーワード」にまとめていくようにしています。

―― なるほど、よく分かりました。ところで在宅勤務については、ネガティブな受け止め方として、それこそ「サボっているのではないか」といった不公平感が拡がったり、どうその成果を評価するか、あるいはオフィスで働く人とのコミュニケーションをいかに図っていくか、など課題もあります。そういった面はどうフォローされていますか?

松田 我々もそういった課題意識はもっています。とはいえ、まず大前提として「会社に来て働くと、色々と良いことがある」というのは、まさに価値観(Shared Value)として共有されているわけです。まかないランチなどのちょっとした制度もそうですし、単純にコミュニケーションが密に取れるといったこともですね。

 ですので、そういったメリットがあることは十分に分かりつつも、ご家庭の事情で通勤が難しいというわけですから、何か問題視をするといったことはないですね。

―― なるほど、会社に行く・居ることの価値が十分に理解されているからこそ、不公平感は逆に出てこない、というわけですね。

松田 そもそもサボるような社員を採用していませんしね(笑)

―― なるほど(笑)

“チームメンバーは複数拠点に散らばっているのが当たり前”の文化

松田 あとは、はてなは元々京都で創業していますが、2008年から東京との2拠点制になりました。したがってチームメンバーが両方に分散していることも珍しくありません。皆リモートで働くことに慣れているんです。

テレカンのシステムは「Chromebox」。

―― オフィスに居ながらにしてテレワークをしているといった感覚ですね。

松田 テレワークが「よーい、どん!」でいきなり始まったわけではない、というのも大きかったと思いますね。

―― サボるような社員は採っていない、というお話しもありましたが、とはいえ人間ですから調子がでない、といったこともあるかと思います。テレワークをされている方に限りませんが、はてなではどのように成果を評価しているのでしょうか?

松田 はてなでの評価の軸は成果・行動・専門の3つで構成されています。まず成果は、期初の段階で個人個人に目標設定をしてもらい、それに対する達成度合いで計るというものです。

 2つめの行動ですが、はてなでは6段階のグレード制度を導入しています。このグレードは職種にかかわらず共通で、「このグレードであればこういったことは達成して欲しい」という基準が定められていますので、そこを評価します。

 3つめの「専門」は職種ごとに決められており、例えばエンジニアであればエンジニア職のトップであるCTOから「今期はこういった事を達成して欲しい」と伝えられます。

―― 2つめまではよく目にするものですが、3つめの「専門」というのが珍しいかもしれませんね。例えばどういった目標が示されるのですか?

松田 エンジニアであれば「対外発表を頑張って欲しい」といった具合に、アウトプットを心がけてもらうことで、自分だけの学びに留めずに社外にもその知見を共有する、といったものですね。そうすることで、自らもフィードバックを得ることができますし、結果的にはてなのプレゼンスを高めることにつながりますので。

―― カンファレンスでの発表やブログなどによる情報発信が、評価につながる、ということですね。

松田 その通りですね。ただ、この3つの軸でずっと行く、というわけでもなくて、柔軟に進化させようとは思っています。

上場後も変わらない「はてな文化」。価値観を維持する術は?

―― 最初の質問にも戻りますが、そのような仕組みに支えられてはてなという会社の文化はこれからも維持されていくのでしょうか? 上場して、業務が拡大し、社員が増えると、創業以来の文化が変わっていってしまう、というケースもままあるわけですが。

企業としての価値観を明文化した「はてなバリューズ」。

松田 わたしは人数が増えても文化というのは維持できると思っています。その基本にあるのは「社員を徹底的に信用する」ということです。それはミッションに加えて昨年定めた「はてなバリューズ」にも反映されています。

 こういった価値観を共有、確認する機会としては、それこそ社内で取れるランチの場のようなちょっとしたところから、毎朝全社で行っている「朝会」のような場も挙げられます。

―― IT企業で朝会というのは珍しいかもしれませんね。

松田 そうですね。そこでは、サービスのリリース報告などに加えて、「一言」という全社員が順番に回ってくる3分間スピーチの時間が設けられています。これが実はとても大事だと思っていて、仕事を離れて、自分がいま関心があることなどを話してもらっています。

―― ITツールを使いこなしつつ、リアルな場でのコミュニケーションにかなり軸足を置かれていることがよく分かりました。最後に松田さんにとっての「スマートワーク」とは何か? というお話しを聞かせてください。

松田 ルールをできるだけ作らないことがスマートワーク、スマートな働き方だと思っています。

 ルールを作り始めると、「あれもこれも」となってルールを次々に作らなければならなくなります。そうなるくらいだったら、「こういうときはこうだよね」と皆が都度判断できるような価値観の軸を共有するほうが、ずっと良いと思いますね。何かツールを入れれば解決、というわけでもありませんし、みんなもそのほうが気持ちよく働けると思います。したがって、わたしは初めにお話しした「7S」の中でもShared Valuesが一番大事だと考えています。手間と時間は掛かりますが、これからも取り組んで、やり切っていきたいと思っています。これ、スマートと言いながら、実はとても泥臭い話なんですよね(笑)