あの人のスマートワークが知りたい! - 第8回
働き方改革に取り組む時間と余裕を人事担当者に提供!――SmartHRが推進するスマートワーク
従業員に「任せる」ための環境作りに取り組み続ける
働き方改革の推進には人事制度のイノベーションも欠かせません。一方、それを担う人事労務の業務には非常に煩雑で手間がかかるペーパーワークもあり、確実にこなすだけで手一杯という現場も多いはず。そんな人事労務の仕事をスマートにするサービスが「SmartHR」です。開発を手掛ける株式会社SmartHR代表の宮田昇始さんにお話を伺いました。
文/まつもとあつし
株式会社SmartHR 代表取締役・CEO
宮田昇始
サラリーマン時代、10万人に1人と言われる疾患を発症。完治の見込みは20%と宣告を受けるも、闘病期間中に傷病手当金(社会保険の一つ)を受給できたおかげで、リハビリに専念し無事完治。社会保険のありがたみを身をもって感じる。その後、2013年に株式会社KUFU(現:株式会社SmartHR)を創業。会社経営のなかで、経営者として社会保険手続きの煩雑さに課題を感じ、2015年にSmartHRを発案し今に至る。
人事労務のペーパーワークをクラウドで自動化
―― まず、「SmartHR」とはどんなサービスなのでしょうか?
宮田 人事労務の手続き業務は、非常に煩雑で手間のかかる業務です。何枚もの書類を複数の役所に申請しなければならず、その作成には労務の専門的な知識が必要になります。また、提出にあたっては役所に出向き、窓口に並んで、待つ必要があったりと効率も決してよくありません。SmartHRはそのような面倒な手続きを自動化し、役所への申請もWebからできるクラウド型の労務ソフトです。
例えば、入社時の手続きはこれまで、新入社員が沢山の書類に手書きで記入してもらう必要がありました。でもSmartHRを使うと、人事労務担当者は新入社員をメールでSmartHRに招待して、入社手続きに必要な情報を入力してもらうだけ。つまり新入社員側は、スマホやPCから簡単に入社手続きを進めることができます。
その情報を受け取った人事労務担当者は、給与などの情報を追加していきます。すると書類が自動で生成され、出来上がった書類は(役所へ)オンライン申請が出来るようになっています。これまでコピーが必要だった年金手帳やマイナンバーの本人確認書類も、スマホで撮影したものをアップロードできる仕組みになっています。書類提出のために会社に行く、という必要もなくなりますから、リモートワークにも活かせるソリューションです。
―― 確定申告では少しずつ普及が進んでいるオンライン申請を、SmartHRを使えば社会保険でもスムーズに行なえる、というわけですね。
宮田 そのとおりです。納税の分野では約60%が電子化されていますが、社会保険ではそれがわずか6%程度、とされています。国が運営する「e-Gov」でもオンライン申請は可能ですが、操作が複雑で使いづらい面があります。SmartHRでは画面通りにフォームに入力していけば完了します。
人事労務担当者が、申請手続きや社員のデータ管理にSmartHRを使うだけでなく、社会保険労務士さんが、SmartHRで複数の顧問先企業の管理や電子申請も行っています。その場合でも、クラウドをベースにしているため、ハンコを押した書類のやり取りが何度も発生するということは無くなるのです。
「SmartHR」は、未だ手書きや面倒な手続きが多い会社の「労務」を自動化するサービス。現在、4200社以上が利用している。
―― 社会保険に関わる申請作業だけでなく、社員の人事情報を管理できるところもポイントなのですね?
宮田 はい。社員の情報を一元管理できたり、Web給与明細の発行など、周辺領域の機能も備えています。また、APIを公開し、他社サービスとの連携も積極的に進めています。すでに、クラウド給与計算ソフトの「MFクラウド給与」、勤怠管理システムの「AKASHI」、採用管理システムの「Talentio」などと連携してユーザーの利便性を高められるようにしています。
例えば、Talentioで管理していた求職者が内定に至れば、その新入社員の情報をカンタンにSmartHRに登録することができます。情報を再度入力する手間が省ける訳です。チャットツールのSlackやチャットワークとも連携しています。SmartHRで社員の情報が更新されると、人事のクローズドなグループに更新情報が自動的に通知されるといった具合です。
SmartHRは人事労務部門の「働き方改革に充てる時間」を生み出す
―― なるほど。人事労務担当者の手間がかなり軽減されますね。「働き方改革」にはSmartHRはどのように役立つツールとなるのでしょうか?
宮田 SmartHRで、直接的に働き方改革が推進できる、という意味では関連は薄いのですが、人事労務部門が採用や制度づくりに充てる時間を生み出せる、という副次的な効果は非常に大きいと自負しています。本来は、人事労務担当者は従業員の働き方に関する制度を作ったり、整えたりというとても重要な役割も担っているわけですが、ここまでお話ししたようなペーパーワークに忙殺されてしまっていると、「それどころではない」となってしまいます。SmartHRはそのための時間という資源を生み出すツールだと捉えることができるはずです。
例えば株式会社クラウドワークスさんでは、SmartHRによって労務手続きに必要なペーパーワークに掛ける時間を3分の1まで減らすことに成功しています。そこから生まれた時間を活用して「ハタカク!」という新人事制度を導入されたんです。
「ハタカク!」は、副業とリモートワークの解禁が大きな柱になっています。詳しくはSmartHRのホームページでインタビューを掲載していますが、制度を導入した結果、60%の社員が生産性は向上したと回答されています。残る40%も「生産性は変わらなかった」と回答されていて、リモートワークによって生産性が落ちてしまうということはなかったそうです。
―― もともとリモートワークで働く人々と企業をマッチングさせる事業を行っている会社が、自らもリモートワークを取り入れ、成功したわけですね。そこにSmartHRの貢献があった。
宮田 人事労務に掛かる手間を減らして、コスト削減を図る、ということを目的とするよりも、人事労務担当者や経営者がもっと付加価値の高い仕事に時間を充てるために、SmartHRを導入される企業が多いです。他の導入企業でもクラウドワークスさんのような変化が起こっていますね。
―― 宮田さんご自身の経験についても伺えればと思います。奥さまのご出産がサービス開発の契機の1つだったと聞き及びましたが。
宮田 そもそも社会保険制度のありがたさを僕自身が痛感したのが、以前、80%の確率で治らないという難病を患ったことがあったからです。奇跡的に社会復帰することができたのですが、働けない期間、傷病手当金(社会保険のひとつ)を受給できたおかげで、リハビリに専念できたという経験を持っています。起業しようと考えたときにも、「自分がこのサービスを始める」大きな動機となっていますね。妻の妊娠・出産では手続きの大変さという課題も目の当たりにしたのですが、私自身が社会保険の大切さも身をもって感じたことがSmartHRを始めた背景にあります。社会保険制度や労務手続きというのは、知れば知るほど奥が深い世界なのですが、働く人が本来受けるべき社会保険の恩恵を受けられる社会を目指して、SmartHRの開発に日々取り組んでいます。
―― 会社としての働き方改革への取り組みは?
宮田 仕事の環境は当然クラウド対応していますし、チャットツールを駆使してコミュニケーションを取れるようにしています。なので、大雨や台風などの災害時などは、リモートワークを認めることもあります。また、フレックス制をとっていて、コアタイムは10時~16時。16時にお子さんを迎えに帰る社員もいます。
私も保育園が休みで妻もどうしても子どもの面倒を見られないという時に、会社に連れてきたこともあります。当日取材もあったので、娘を抱っこしたまま取材を受けましたね(笑)
一方で、日々サービスを改善し新しい機能を加えていく、という意味では、SmartHRに関わる仕事は非常にクリエイティブなものだと感じています。ですから、私としては皆と顔をあわせて、同じ場所で働いてほしいと思っているんです。
―― いわゆるコロケーションですね。その狙いは?
宮田 最も大きな理由は、現状のリモートワーク環境では「説明コスト」が高くなってしまうということですね。アジャイル開発を行っていますので、毎週新しいタスクがどんどん生まれて、それを次々実装していっています。逆にいえば定型の仕事というのはあまりないんです。
そうすると、労務のような専門性の高い分野を扱っていることもあり、社員同士で、都度相談しながら開発を進めていくことになります。オフィスも気軽に相談ができるようデザインしていますが、例えばエンジニア同士で話し合っているところに、プロダクトマネージャーがその場で議論に加わってアイデアを出す、ということが日常的に起こります。
―― チャットアプリなどではその気軽さが生まれない?
宮田 顔をあわせた方が目指すゴールに早く到達できる、というイメージかもしれません。SmartHRが掲げる価値観のひとつに「最善のプランCを見つける」というものがあります。チャットだとプランA・プランBどちらにする、といった方向で議論が進みがちですが、実際に会話すると、その両方を満たすプランCが生まれたりします。学校の授業なんかも、フェイス・トゥ・フェイスで行った方が学習効果が高いという研究結果もあったりしますよね。
―― なるほど。たしかに、現状だとそうですね。将来的にVR技術などによって、かなり変わってくる部分もありそうですが。
宮田 「会議」という体裁での話し合いは弊社は少ない方だと思います。一方で、特徴的だと思うのは、毎週水曜日は丸1日会議に充てていることですね。朝イチで経営会議。これは希望者は誰でも参加可能で、自由に議題をあげることも出来ます。会議の議事録も全て共有し公開しています。その後、各チームで「KPT」と呼んでいる1週間の振り返りとタスクの洗い出しをする会議をランチタイムまでに行い、みんなでランチを食べます。午後はそれをもとに開発ミーティングを4~5時間くらい掛けて行います。そこでは、次の1週間で行う全てのタスクの仕様や工数まで洗い出すんです。
―― KPTとはどのようなものなんですか?
宮田 Keep・Problem・Tryの略で、それぞれ良かったこと・悪かったこと・次に試すことを示しています。スクラム開発に向けての前提となるもので、チームメンバーがそれぞれKPTを出し合って、すり合わせるようにしています。開発ミーティング会議ではスクラムプランニングポーカーというアプリを使って、ある仕様を実装する際に、どれくらい工数が掛かるか、「せーの」で一斉に示すんです。そうすると、皆が「8」を出しているのに一人だけ「3」を出したりする。「えっ、それってどういうこと?」というところから、思わぬ解決策が生まれたりします。水曜日が終わると、残りの日はそれぞれの作業に専念できるわけです。
―― 会議を1日に集中させる。そこでのブレークスルーが生まれる工夫を仕組みとして取り入れている、というのは他の会社でも参考になりそうです。最後にSmartHRが今後どのような方向に進化していくのか、展望をお聞かせください。
宮田 ユーザーからは「勤怠管理や給与計算など労務管理以外の領域も開発してほしい」というご要望をいただく事もあります。でも、やってみてわかったことですが、労務管理の領域は掘れば掘るほど奥が深いんです。ですから、先ほどお話ししたようなAPI公開による連携で、そういったニーズにお応えしていきたいと考えています。囲い込みではなく、オープンな方向へということです。
あとは、これは「スマートワーク」という考え方にも通じるものだと思いますが、会社のあらゆる情報を社員に公開して、それぞれが自律的に課題解決に取り組めるような環境作りをこれからも進めていきます。スタートアップ企業を成長させるためには、膨大な数の問題を一つ一つ解いていくものなのですが、それを僕一人でやっていては、いつまで経っても目指すゴールには辿り着けません。当たり前のようですが、社員が自分の頭で考え自律的に動いていくということ、そのための環境作り――情報の透明化や価値観の共有――に取り組み続けることは、スマートワークという考え方にも当てはまるのではないかと思います。
筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。