あの人のスマートワークが知りたい! - 第9回
働き方も「スマート」なスマートニュース――松浦茂樹さんのスマートワークとは?
シンプルさを極めると冗長性が生まれる。「明日自分が倒れても仕事は止まらない」
新聞やニュースサイトの記事をまとめてチェック出来る大人気アプリ「SmartNews」。すでに世界で2000万ダウンロードを突破しています。そんなスマートニュースは「働き方」もユニーク。メディアコミュニケーション担当ディレクターを務める松浦茂樹さんにその内容を伺います。
文/まつもとあつし
スマートニュース株式会社 メディアコミュニケーション担当ディレクター
松浦茂樹
1998年、東京理科大学工学部経営工学科卒業後、人工衛星のシステムエンジニアとしてキャリアスタート。2004年以降ライブドア、WIRED.jp、グリー、ハフィントンポスト日本版などの各種ウェブメディアのディレクターや編集長を経て現職。
「社員が自然に集まる空間」をつくってコミュニケーション機会を増やす
―― SmartNewsはニュースアプリですが、記事をオリジナルでは作っていない=編集部が存在しないというのがユニークです。働き方もいわゆる「メディア企業」のイメージとはずいぶん違っているようですね。
松浦 SmartNewsはネット上の膨大な情報から、有用なニュースを「アルゴリズム」によって、365日・24時間、自動的に抽出し紹介しています。現在2000種類以上の記事を配信し、1日300万人以上の方々に利用いただいています。
アルゴリズムによって記事を自動的に紹介する仕組みは整えていますが、世の中の動向を人がチェックするということも、もちろん行っています。アルゴリズムは日々人の手によって「鍛えられる」ものだからです。
―― 編集部(編集者)という部署(肩書)の人はいないけれども、エンジニアの方々が日々「ニュースを抽出する仕組み」を磨いているということですね。そういった方々が働く上での制度面はどうなっているのでしょうか?
松浦 フレックス制度を採用しており、リモートワークも可能になっています。ただ会社の文化としては顔を付き合わせて働く、ということを重要視しています。このオフィスのレイアウトもそうなっているのですが、「どこでも話せる」という形になっているんですね。
例えば、あそこにあるのは「ファミレス席」と僕たちが呼んでいるスペースです……ファミレスって仕事したくなるじゃないですか(笑)
―― カフェじゃなくてファミレスというのは、なんだかわかります(笑)
松浦 オフィススペースとカフェコーナーは区切りなく接していますし、別フロアにあるイベントスペースをランチ用に開放した「SmartKitchen」では、社員に食事を提供しています。パントリーのコーナーでは皆が旅行先で買ってきたお土産などをつまめるようにもなっています。そういう場所を多く設けることで、社員が自然とそこに集まり、なめらかにコミュニケーションが図られるように工夫しているんです。
コミュニケーションを重視する理由は「数字に酔わない」ため
―― コロケーションを志向されているのは、どういう背景がありますか?
松浦 我々も他社さんと同じようにオンラインのコミュニケーションツールは各種使っていて、それである程度の仕事がこなせている部分もあります。でも、だからこそ、人と人が直接触れあってコミュニケーションするというのは、ある意味貴重になっていると思うんですよね。リアルでのコミュニケーションは、「化学変化」を生みやすいと思うんです。
もちろん在宅勤務も可能にはなっていて、例えば育児期間中は週1日は在宅勤務もOKとしています。テレワークを否定しているわけではなくて、ニューヨークとサンフランシスコにもオフィスがありますのでリモートでコミュニケーションを取りながら仕事をしていますし、日本から米国オフィスに行ってテレワークで仕事をすることもあります。もちろん、その逆もあります。当社では、半年に1回、米国オフィス訪問をはじめ、海外の学会やイベントへの参加費・交通費を全額補助する「海外渡航制度」があるので、どこからでも仕事ができるように環境は整えています。
―― 松浦さんご自身もまもなくニューヨークに行かれるそうですね。
松浦 はい、来週一週間(※取材時)行ってきます。これはイベントや会議に参加するための出張ではなくて、リモートで日本の仕事をするために行くのです。向こうのスタッフがこちらで仕事をすることも普通に行われています。
それができるのは、もちろんクラウドでのツールが整ったからです。スマートニュースではメールやドキュメントアプリとしてG Suite(旧Google Apps)、メッセージアプリはSlack、オンライン会議ツールとしてはGoogleハングアウトを使用しています。オンラインツールとしては非常に一般的だと思いますが(笑)
―― 一日あるいは一週間という単位での働き方も、一般的なメディア企業とは異なってくるのではないですか?
松浦 まずは数字を見ることがスタートになります。昨日あるいは先週といった様々な単位でSmartNewsに関わる数字(ログ)が出てきますので、それを見ながら次に打つべきアクションを決めて動く、という流れです。この動き方は、ゲーム・音楽であれニュースであれ、ユーザーの時間をいかに自分たちのアプリで使ってもらうかを突き詰めていくスマホネイティブのコンテンツサービスでは皆共通しているとは思いますが。
ただ一方で、全てを数字で見る、というわけではありません。特にニュースは世論という人の感情ともリンクした定性的なコンテンツです。したがって、数字だけで追ってしまうとニュースに紐付いた「人の気持ち」とズレてしまうと思うんですね。例えば「どれだけ読まれたか」という数字だけ追ってしまうと、どんどん刺激的なニュースばかり紹介するようになり、「大事な」ニュースが埋もれていってしまいます。
「数字に酔わない」ためにも、人間同士が冷静に話をする機会がとても重要です。だからオフィスでもスタッフ同士のコミュニケーションが図られるよう、意図的に場所を設けているわけです。
会社とは一歩離れ、前に出て動く
―― 既存のニュースメディアであれば「デスク」という存在がいて、その人がそのバランスを取るわけですが。
松浦 そうですね。しかし、私たちはそもそも編集部を持っていません。その判断をもっとフラットに行おうとしています。例えば、メッセージアプリのSlackは基本的にオープンなチャンネルになっています。どんな記事を紹介するか? そのアルゴリズムを決める議論のチャンネルには誰でもフラットに参加できるようになっているのです。もちろん記事と広告部門の権限の分離ということはきちんとやっていますが、何が議論されているかというのはガラス張りなんです。
―― なるほど、オフィスというリアルな空間と、チャットというバーチャルな空間、いずれもがオープンであることが大切であるわけですね。
松浦 そうですね。僕個人も基本的には全員が見えるところで、議論や相談をすることを心がけています。また役職としては「メディアコミュニケーション担当ディレクター」であるわけですが、コミュニケーションを通じてメディアの相互作用を高めていこうというのが僕自身のミッションとなっています。
これはネットに限った話ではなくて、テレビでもラジオでも何でもOKなんです。それらを結ぶ横のコミュニケーションが活発になることによって、メディア全体を良くしていく、というのが僕の役割です。まあ、難しい話に聞こえるかもしれませんが、メディアを盛り上げる「ネットメディア芸人」だと理解してもらっても構いません(笑)
―― (笑) たしかに、スマートワーク総研のように企業がメディアを運営する時代ですから、連携することで全体の質の向上を図ることが大切だというのは、とてもよくわかります。
松浦 SmartNewsはネット上の情報をクローリングしたり、媒体社からの情報をRSS配信で受けて、その中からニュースを取捨選択して紹介させていただく、ということをやっています。この取り組みは、顔が見えない中で続けていると、「どうしてこの記事が紹介されないんだ」といった具合に、互いに疑心暗鬼に陥る恐れも否定出来ないのです。数字だけで評価しがちなネットサービスということも掛け合わさると、なおさらその傾向は強まると思います。
だから、私もそうですし、SmartNewsの思想といった面では鈴木健(代表取締役会長 共同CEO)、メディア・ジャーナリズム論的な観点からは藤村厚夫(執行役員 メディア事業開発担当)、オンライン広告の在り方といった分野では川崎裕一(執行役員 広告事業開発担当)といった具合に、中の人が顔を見せて生身でコミュニケーションを取ることが重要だと考えています。
これは従来、社長や広報が「会社」という看板を背負って表に出るのとは違っていて、メディアやジャーナリズムを良いものにしていこうという話を、それぞれの得意分野をベースに会社よりも一歩前に出て話をしている、という点が異なります。
―― 会社と一歩離れて、前に出て動くというのは、「働き方改革」でいうところの兼業・副業にも通じる話だと感じます。
松浦 スマートニュースという名前での仕事はあくまで土台であって、それよりも一歩先に進んで動いていくことは、自分の先々の働き方を変えていくと思うんです。ソーシャルメディアが普及していく中で「個人」がより重要視される世界になっているということも含めて、ですね。会社もそれに対して何か制約を与えるということはありません。僕もテレビなどに出演する際も、個人の立場として出ています。つまり副業ですね(笑)
スマートニュースは人工知能、ディープラーニングでニュースを扱う会社ですが、そういったものに置き換えられない仕事とは何かと言えば、僕はコミュニケーション一択だと思っていて、働き方においてもそこを重視していますね。
―― 松浦さんは、ライブドア→コンデナスト→グリー→ハフィントンポスト日本版の編集長を経て現職におられますが、働き方についての考え方を教えてください。
松浦 最大の目標としては「みんなで幸せになろうよ」というものはあるのですが、「ミッション単位」で考えるというのはずっと続けています。ここを目指す、というのは必ず決めて取り組むようにしてきました。では、SmartNewsでのミッションは何かと言えば、「良質な情報をより多くの人々に伝える」ということで、そのための数字的な目標も自分の中にあります。最近はSmartNewsで動画というコンテンツをもっと見てもらえるようにするというのが直近のひとつのミッションになっています。先ほどお話ししたように、数字に溺れないように自戒しながら、ですが。
スマートな働き方とは「シンプルにする」こと
―― とても納得感のあるお話しなのですが、しかし、「でも自分の働き方を変えることは難しい」と感じる読者もいると思います。変えるためには何が必要なのでしょう?
松浦 ひとつには「シンプルにすること」が挙げられると思います。僕も色んな場所で働いてきました。その中には今でいうところの古い働き方だったところもあります。例えば今こうやってまつもとさんと話してますが、これがあちこちに色んな人とタッチポイントがあり、そのたびにコミュニケーションの方法・内容を変えていては全然スマートではありません。誰かとのコミュニケーションが何らかの理由で止まってしまうと、そこが障害になって全てのコミュニケーションが止まってしまうことすら起こりえます。
元LINE株式会社CEOの森川亮さんも本に書いておられますが、いかに仕事の流れも含めてシンプルにしていくのか、というのが大事な話だと思っています。フラットな組織、フラットな考え方で一貫するということです。
例えばSlackはオープンチャンネルとクローズチャンネルを作れますが、僕は自分から話しかけるときには、どんな重要なテーマであっても絶対にオープンなチャンネルで話しかけるんです。クローズでは一切やりません。「この話題はオープンにすべきか、そうでないか」といったちょっとした迷いは、ひとつずつ外していくことが大切だと思うんです。コミュニケーションはオープンなチャンネルにある。データはアーカイブしたものも含めて、クラウドにある、という状態で普段から仕事をしていれば、仮にこのあとスマホを無くしたとしても仕事上の情報を失うことはありません。シンプルであるというのは同時に冗長化も出来ているということなんです。
―― シンプルさと冗長性が同時に実現できるというのは良いですね。結果として働き方もスマートになっていく。
松浦 家でも会社でも、海外でも同じように仕事ができますからね。テレワークだからといって構える必要もないし、データを失うという心配とも無縁でいられるわけです。そして、僕が普段から何を考えて仕事をしているか、ということもオープンになっていますから、仮に僕が明日倒れてもチームは自分で判断して意思決定できるから、仕事も止まらないはずです。
つまり僕にとってのスマートワークとは、シンプルであること。そして、心配をしないで済むことなんです。心配がないから、機を見て転職というチャレンジもできる。実際ハフィントンポストで最初に辞めたのは僕ですが、今もちゃんと運営されているでしょう(笑) 創刊の思想からその運営プロセスも含めて、僕の考え方はもうコピー済みですから。
シンプル志向が結果的に働きやすさを生む
人工知能がニュースを集めてくるというサービスだからこそ、生身のコミュニケーションが大事だという松浦さんのお話しは、デジタル化と共に進む「働き方改革」においても実は重要な指摘だと感じました。その上で、どこまでそのコミュニケーションをシンプルにできるか、というのは個々の事情によって様々ではありますが、シンプルさを志向することで、結果として心配の少ないスマートな働き方に近づいていくというのも、とても参考になるお話しだと言えそうです。
筆者プロフィール:まつもとあつし
スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ新書/堀正岳との共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。