アバターが変える接客業の働き方
-Retail Tech- 東急ハンズ
感染症予防のため広がった非対面・非接触の需要は、小売店舗にも広がっている。今回は、アバターを介した顧客とのコミュニケーションで、非対面・非接触だけでなく人材不足の課題解決にも取り組む東急ハンズの事例を紹介する。
非接触接客にアバターを活用
東急ハンズでは接客のモットーとして「コンサルティングセールス」を掲げており、顧客が安心して相談できる環境作りを行いながら、最適な商品を提案している。
そうした接客への強い思いがある東急ハンズが、2020年6月から3回にわたって実施したのがアバターによる遠隔接客の実証実験(PoC)だ。東急ハンズがアバター遠隔接客を活用するに至った背景には、小売業界が抱える労働人口の減少がある。同店が重視する接客を充実させるためには人材、特に優秀なスタッフが不可欠になるが、労働人口の減少によって優秀なスタッフを全店舗に配置することは難しい。また、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、人と人との接触機会を極力減らした新しい接客のスタイルや、在宅勤務の実施などスタッフの働き方変革も迫られていた。
1回目の実証実験は、2020年6月1日から15日の期間、東急ハンズ渋谷スクランブルスクエア店のヘルス&ビューティコーナー内UV特集コーナーで実施された。同コーナーにアバター特設ブースを設営し、美容やコスメに詳しい専門のスタッフが新宿の本社から遠隔で来店者への接客を行った。実証実験を通じ、利用者からは「アバターの方が気軽に話しかけやすい」など好意的な意見が寄せられたという。
自宅から接客
2回目の実証実験では、検証場所を3都市5店舗に規模を拡大し、渋谷店、新宿店、池袋店、梅田店、博多店でアバター接客を行った。10月16日から実証実験を行い、最初の1カ月は美容やコスメに詳しい専門スタッフ、2カ月目は実演販売「ヒント・ショー」専任チームが顧客の要望をもとにお薦めの商品や贈り物などを案内する接客業務を実施した。今回の実験では接客シーンに合わせて専用のアバターをデザインし、より来店者が接しやすく、コミュニケーションしやすいシーン作りを行った。
遠隔で接客するスタッフは本社だけでなく、店舗のバックヤードや自宅など、さまざまな場所から接客を行うことで、スタッフの柔軟な働き方を実現した。また、専門知識を持ったスタッフを柔軟にアサインできることで、新しい接客コミュニケーションの在り方の可能性を示せた。
アバターによる遠隔接客ソリューションによって、店舗の売り上げも向上したという。ただアバターで接客したことが売り上げ増加につながったのではなく、AI顔認識機能を搭載したカメラから取得したデータによって、接客情報を見える化したり、次の接客に生かしたりといった、デジタルデータを生かしたPDCAが売上増につながったようだ。
東急ハンズではこれら実証実験を経て、今後の本格導入に向けた検討を進めている。
プロフェッショナルの接客が体験価値を向上
-Retail Tech- NTTデータ「アバター遠隔接客ソリューション」
無人店舗をはじめ、小売店舗のデジタル化を支援しているNTTデータ。「アバター遠隔接客ソリューション」もその一つだ。本ソリューション開発の経緯について、NTTデータの橋口氏に話を聞いた。
接客にサイネージを生かす
NTTデータでは、アバター遠隔接客ソリューションをはじめ、無人店舗など、店舗のデジタル化に関するサービスの企画・開発を進めている。NTTデータ ITサービス&ペイメント事業本部 SDDX事業部 サービスデザイン統括部 デジタルエクスペリエンス担当 課長代理 橋口基宗氏は、アバター遠隔接客ソリューションについて次のように話す。
「アバター遠隔接客ソリューションは2年ほど前から開発していました。それ以前は、サイネージを設置した省力化店舗の開発に取り組んでいました。サイネージだけを店頭に設置し、搭載されたカメラで来店者の属性を分析。商品のレコメンドを行うことでサイネージだけで出店が可能となるような構想で実証実験を実施しました。しかし、そうしたサイネージに対するアクションを起こす来店者は少なく、また商品をレコメンドしても購入されないという問題が生じるなど、うまくいきませんでした。半面、サイネージ越しの接客やコミュニケーションを通して買い物をするニーズは一定数あることが分かりました。機械的なレコメンドではなく、自分の悩みから最適な商品を提案してもらうという、従来の小売店で行われていた接客スタイルをデジタル化するのであれば効果が上がるのではないかと考え、アバター遠隔接客ソリューションの開発に取り組みました」
アバターとリアル映像を併用
アバター遠隔接客ソリューションは、その名称の通り店舗のスタッフが遠隔から接客する際、アバターを介して顧客に応対できるシステムだ。その場にいないスタッフが遠隔地から接客ができるようになることで、優秀な接客スタッフを、複数の拠点に配置できるようになる。アバター遠隔接客ソリューションという名称ではあるが、顧客に応対するコミュニケーションインターフェースはアバターのほか、リアル映像(スタッフ自身の映像)での接客も可能だ。例えば生命保険の販売のような、より対応者に信頼性を求められる接客シーンでは、アバターでなくスタッフ自身が対応したほうが効果的だ。逆に雑貨のような、気軽な気持ちで買い物をするようなシーンには、アバターによる接客の方が親しみやすく、気軽な会話をフックに商品の購入につなげられる。
アバター遠隔接客ソリューションではアバターを表示するサイネージのほか、顔認識AIを搭載したカメラも利用する。カメラでどれくらいの人数が来店し、アバターによる接客を受けたかなどを記録し、対話記録をもとに優秀な接客要素を共有したり、顧客満足度向上に向けた施策を、データに基づいて実施できるのだ。
アバターによる接客はサイネージがなくても行える。例えば顧客がスマートフォンやPCを利用して、自宅からアバターによる接客を受けられるのだ。「アバター遠隔接客ソリューションの実証実験を行った東急ハンズさまは、店頭にQRコードを設置し、スマートフォンで読み取ってもらうことで、お客さまの手元で接客ができる仕組みも活用していました」と橋口氏。
店舗での体験価値を向上させる
本ソリューションで利用するアバターは、スタッフの顔の動きに合わせて動作する。利用時にモーションセンサーなどは必要なく、PCの内蔵Webカメラなどでまぶたの動きや首の動きを認識し、アバターに同期させる。「もともとはモーションセンサーも提供しており、腕の動きなどもアバターに反映させる仕組みだったのですが、アバターの動きがカクカクしてしまって接客に集中できないという声が上がったため、顔周りの動きだけを反映させる現在の仕組みに落ち着きました。頭を深く下げたり、大笑いしたりするような大げさなモーションもできるように、アクションボタンを用意しており、オペレーターが必要に応じて最適な感情表現ができるようにしています」(橋口氏)
東急ハンズ以外にも、ショッピングセンター「ららぽーと」や、家具店舗などでアバター遠隔接客ソリューションが導入されている。導入時に特に多いのは人手に関する課題で、接客スタッフの人材配置を最適化して有効に接客したいといった課題や、接客スタッフを増員せずに事業を拡大したいというニーズに最適なソリューションなのだ。また、昨年からのコロナ禍により、来店者と店舗スタッフの接触を極力避けることが求められている。そうした非接触・非対面による接客を実現するソリューションとしても、アバター遠隔接客は有効といえる。
「アバター遠隔接客ソリューションで顧客に提供するべきは価値のある情報です。アバターを介して接客するスタッフを、業務委託など安い人件費で対応しようとする企業もありますが、店舗での体験価値を向上させるためには、プロフェッショナルと呼ばれるスタッフをアバター遠隔接客ソリューションによる接客に採用するべきです。例えば、全国的にチェーン展開している小売店舗では、Aにいる優秀なスタッフは、ほかのB~Dの店舗では接客できません。接客のクオリティの地域差が生まれてしまうのです。そこでアバター遠隔接客ソリューションを活用することで、優秀なスタッフはA店舗にいながら、ほかの店舗からの顧客の悩みに対して、最適な提案が行えるようになるのです」と橋口氏。
将来的には、AIによる自動接客にも対応できるよう、NTTデータは機能強化を進めていきたい考えだ。