メンタルヘルス失調の予防に向けた
人材育成や社員教育の観点からの対策
Part3 企業が取り組むべき施策
一見、健全に働いているように見える社員であっても、程度の差はあれ、誰しもテレワークで生じるデメリットの影響を受けていると考えるべきだろう。企業は社員一人ひとりのメンタルヘルスに深刻な問題が発生しないよう、日ごろからの組織的な予防への取り組みが必要だ。医療的な対処はもちろんだが、日常業務においては人材育成や社員教育の観点からも施策を講じるべきである。ここではテレワーク環境下でのメンタルヘルス失調の予防に向けて、企業が取り組むべき施策について考察する。
三つのストレスへの軽減策
複数のアプローチで効果を高める
人材育成支援や社員研修、経営・人事コンサルティングなどのサービスを提供するラーニングエージェンシーでは「社員のメンタルヘルス失調にどう対処すればいいのか」という企業からの相談が増えている。
テレワークは社員一人ひとりの仕事の生産性を向上させる多様な働き方を実現するメリットが期待される一方、デメリットへの不安も指摘されている。同社が昨年5月に発表した企業の人事・教育担当者948人を対象に実施した調査結果によると、コミュニケーション不足や出社する社員の不満、業務効率の悪化、モチベーションや集中力の低下などの悪影響が懸念されている。こうした悪影響が社員のメンタルヘルス失調につながる恐れがある。
それでは社員のメンタルヘルス失調を予防するには、どのような対策が有効なのだろうか。同社で取締役 人材・組織開発コンサルティング本部 副本部長を務める田中敏志氏はメンタルヘルス失調を引き起こす原因として、心や体に影響を及ぼす「物理的・化学的ストレス」「生理的ストレス」「心理的・社会的ストレス」の三つを挙げる。
テレワーク環境における物理的・化学的ストレスは「自宅の机やイスでは仕事がしづらい」「社外から社内ネットワークにアクセスしにくい」「家族から声が掛かって業務が中断される」などがストレッサー(ストレス要因)となる。
同様に生理的ストレスは睡眠不良や過労に加えて、通勤や移動が減ることによる「運動不足」や、合わない机やイスで作業することによる「腰痛」などが挙げられる。心理的・社会的ストレスは「在宅勤務で何が評価されるのか分からないことへの不安」や「自宅にいる部下がちゃんと仕事をしているかが見えないことへの焦り」など、人間関係のトラブルや仕事上の評価、ノルマなどがストレッサーとなる。
それではこれら三つのストレスに対して、どのように軽減や改善をすればいいのだろうか。田中氏は次のようにアドバイスする。
●物理的・化学的ストレスの軽減
作業環境の改善が効果だ。例えば、自宅で画面の小さなノートPCを使用しているならば、画面の大きなノートPCに置き換えるかサブディスプレイを支給する、仕事をしやすい机やイスの購入代金を補助するなどの方策が考えられる。
また「家族に会議の内容を聞かれてしまうためオフィスほど大きな声で話せない」「家族からの声掛けや宅配便などで業務が中断される」というケースに対してはサテライトオフィスの利用を推進し、利用料を会社が負担するという方策もある。
●生理的ストレスの改善
「生活リズムを崩さない」「ストレス発散の機会を提供する」ことが必要で、一般的に「睡眠のリズムが壊れると生活リズムが崩れる」と言われているため起床時間を一定にすることを前提に、オンラインでの朝礼・終礼を実施して一日のリズムを整えることが有効だろう。
またスポーツジムの会費補助により適度な運動を促したり、チームのメンバーや他部署のメンバーなどとの親睦を目的に、オンラインでの飲み会やランチ会の費用を補助してコミュニケーションを活性化する方策もある。
●心理的・社会的ストレスの軽減
テレワーク中は上司と部下の間で「すれ違い」が発生しやすい。上司は状況が見えないため「きちんと仕事が進んでいるのか」と過度に気にしてしまい、それに対して部下は「過度にプレッシャーをかけられている」と感じ、お互いにストレスが大きくなってしまう。
そこで朝礼や終礼で部下の負荷状況を確認する、簡単なアジェンダを作って情報交換する、ビデオ会議やチャットで雑談できる場所を設置して、気軽に情報の交換や共有をできるようにするなど、コミュニケーションの場を意図的に増やして「状況が見えない」という状況を改善するべきだろう。
田中氏は「これらは一つひとつを個別に考えるだけではなく、例えば物理的・化学的ストレスの軽減(作業環境の整備)と心理的・社会的ストレスの軽減(成果を出すためのサポート)によって部下の業務処理能力を向上させるというように、各アプローチを組み合わせて実施することが効果的です」とアドバイスする。
管理職と部下の双方に
スキルアップが求められる
三つのストレスを軽減あるいは改善する方法を例示したが、環境や機会の提供だけではメンタルヘルス失調を予防することはできない。前述した環境や機会を利用する本人、すなわち社員自身が問題の深刻さを理解し、自身が周囲から悪影響を受けないよう、あるいは自身が周囲へ悪影響を与えぬよう心掛けて言動や行動をする意識を持つことが重要となる。そこで田中氏は社員の教育について次のようにアドバイスする。
「成果の見込みが立っていない社員ほど評価への不安が大きくなる傾向にあるため、個々の社員が成果を出すためのサポートが大切です。そのためには管理職のスキルアップが欠かせません。具体的には『部下の状況を的確に把握してやる気を引き出す』『感情面に配慮した伝達方法を選択する』といったコミュニケーションや、『目標を明確化して適切なフィードバックを行う』といった育成・評価面などでスキルアップが求められます」(田中氏)
もちろん管理職だけがスキルアップを図るのではなく、部下の一人ひとりも能動的で適切な「報連相」を行うスキルを身に付けなければならない。同時に自身のモチベーションを管理するなど、自己管理力を高める能力も求められる。田中氏は「当社では管理職向けの研修のほかに一般職向けの報連相研修やセルフマネジメント研修など階層別の研修を多数提供しており、対面とオンラインの両方でサービスを提供しています」とアピールする。