ビジネスのヒントは業務マニュアルの課題から
新人研修の原体験から生まれたSaaS

AIマニュアル作成ツール『トースターチーム』ヘルプデスク管理システム『ヘルプドッグ』(noco)〜後編〜

前編では農機具メーカーのクボタやポストイットで知られる3Mで、ビジネスパーソンとして長年にわたって製造業に携わったnocoの創業者であり代表取締役を務める堀辺 憲氏が、AIマニュアル作成ツール「トースターチーム」を開発してSaaSビジネスに参入した経緯を伺った。後編ではSaaSビジネスを伸ばすコツについて話を伺う。

AIマニュアル作成ツールの顧客から得たヒントから
次世代カスタマーサポートツールを生み出す

角氏(以下、敬称略)●AIマニュアル作成ツール「トースターチーム」に続いて、カスタマーサポート業務に特化したヘルプデスク管理システム「ヘルプドッグ」へとSaaSビジネスを拡大しています。AIマニュアル作成ツールの次にヘルプデスク管理システムを提供した狙いを教えてください。

堀辺氏(以下、敬称略)●トースターチームをご利用のお客さまからヒントをいただきました。トースターチームで作成した業務マニュアルは社外へ共有できます。例えば、税理士事務所や会計事務所のお客さまが日常的な会計業務に関するマニュアルを作って、それぞれの顧問先に提供するという使い方です。これは使用している製品やサービスで使い方が分からないときに調べるオンラインのヘルプサイトやFAQを一般公開しているのと似ていることに気付きました。

 ユーザーの観点で考えると、例えば家電製品の使い方で分からないことがあると、その製品を提供している会社のヘルプサイトで回答を検索し、それでも解決しない場合はフォームやメール、電話で問い合わせをします。

 当社が提供しているトースターチームは、社内向けの業務に関するナレッジベースを構築できるのですが、培ってきた技術とプラットフォームを生かして、社外向けのヘルプサイトや問い合わせ対応に一気通貫で対応できる次世代カスタマーサポートツールに展開できると考えました。

 この仮説を基に50社を超える企業にヒアリングを行ったところ、ヘルプサイトはWordPressなどのCMSで構築しているケースが多いことが分かりました。このようなヘルプサイトの多くは検索機能が乏しい上、顧客が問題を解決できたかどうかという非常に重要なデータを把握できないという致命的な問題を抱えているケースが少なくありません。

 そして問い合わせの件数を減らすことができず、カスタマーサポートの工数や時間、コストをコントロールできないことが多くの企業のカスタマーサポート部門の課題であることも分かりました。

 昨今、問い合わせフォームやメール、チャット、電話のように、さまざまな問い合わせ窓口が存在していますが、それらを一つひとつ運用するにはノウハウや経験が必要な上、サポート対応の人員も必要となります。また複数の問い合わせ窓口に対して、顧客の個別の情報を連携させるには統合されたデータベースの構築が必要になりますが、構築・運用するのは容易ではありません。

 当社の新しいSaaSブランドのヘルプドッグではLLM(大規模言語モデル)をはじめとしたAIテクノロジーを活用することにより、問い合わせに対して回答の自動提示や返信文面の自動作成、顧客のスコアリング化の実現に向けて開発を進めています。カスタマーサポート業務のさまざまなプロセスの自動化によって省力化と省人化、コスト削減を実現するとともに、顧客満足度の向上も目指しています。

カスタマーサポート業務に必要な機能を提供するヘルプデスク管理システム「ヘルプドッグ」の画面。

コンパウンド戦略でサービスを展開
無料ユーザーが次の収益を導く

●ヘルプドッグはカスタマーサポートに必要な仕組みや機能を一気通貫で提供できるサービスということですが、どのような機能が提供されているのですか。

堀辺●ヘルプドッグは製品ブランドの総称なのですが、一つ目の製品として「ヘルプドッグ フォーム」という、問い合わせフォームや登録フォーム、予約フォームなど、さまざまなフォームが誰でも簡単に作成・公開できるサービスを提供しています。おかげさまでリリースからわずか1週間でさまざまなメディアに取り上げていただき、東証プライム上場企業などにご利用いただいています。

 第二弾として「ヘルプドッグ ヘルプセンター」を2024年後半に提供する予定です。ヘルプサイトを企業が内製で作成、運用できるのですが、ヘルプ記事への検索精度や検索結果の表示スピード、そして検索でヒットしなかったキーワードの分析技術など、従来のヘルプサイトでは実現できなかったサポート品質を高める解析機能を搭載していることが特長です。

 このほかにもさまざまな問い合わせ窓口を統合管理できる「ヘルプドッグ 問い合わせ管理」など、当社はコンパウンドスタートアップとして、今後もさまざまなサービスをヘルプドッグ・ブランドとして展開する計画です。

●創業当初から複数のサービスを同時に提供しているnocoは、まさにコンパウンドスタートアップの典型ですね。SaaSビジネスは競合も多く成長を遂げるのが難しいように思いますが、成長に向けてどのような戦略をお持ちなのですか。

堀辺●クラウドサービスに必要な仕組みや機能は多岐にわたり、基本的な機能だけでも山ほどあります。そのため競合との差別化を図るためのユニークな機能を提供するには、多大な時間とコストがかかります。そこで顧客のバーニングニーズを捉え、それに応える機能を一つでも提供できれば、利用してもらえる可能性が高くなります。

 こうした機能をミルフィーユの層を作るように、優先順位の高い機能から開発、提供していきます。そして仮説、検証、実装、フィードバックを繰り返して機能を徐々にリッチにしていくのです。こうして築いた成果がモート(moat)、つまり自社サービスの競争優位性や参入障壁を築くことにつながります。

 この地道な機能開発と顧客からのフィードバックのループを回し続けてファンを増やしていくことが、SaaSビジネスを続けるコツではないでしょうか。

●SaaSビジネスでは課金ユーザーの獲得も大切ですが、どのように獲得していくのですか。

堀辺●無料プランのユーザーに有料プランを契約したいと思わせる価値を提供することが重要なのですが、提供している機能の全てを理解してもらうことや、全ての機能を使ってもらうことが非常に難しいのが実情です。皆さんも自分のスマートフォンにインストールしているアプリの全ての機能を把握しておらず、全ての機能を使ったことがないと思います。

 ですからサービスの本質的な機能の開発と提供と合わせて、サービス内でいかに機能を知ってもらえるか、その機能を積極的に使ってもらえるかというユーザーアトラクトの設計が非常に重要なのです。

 また熱烈にサービスを利用してくれているユーザーの方々の声に傾聴することが、顧客獲得の最大化につながる最短の近道だと思います。サービスの価値を感じてくれるユーザーが口コミやソーシャルメディアで、そのサービスの情報やレビューを発信してくれることで新たなユーザーを導いてくれるからです。

 アクティブ率の高いユーザーの方々とコンタクトを取り続けて、製品やサービスのご意見をいただき、改善につなげていくことでコミュニティが生まれ、ユーザーがユーザーを呼ぶバイラルネットワークが形成されていきます。

 こうした「ファンづくり」に時間をかけていくことはどんな事業でも有益な活動だと思いますし、本気で利用してくれているユーザーの使い方から、数多くの改善や新機能のヒントを得ることができます。SaaSはユーザーの課題解決に伴走し続け、カスタマーオリエンテッドであり続けるべきだと思います。

(左)noco 代表取締役 堀辺 憲
(右)フィラメント 代表取締役CEO 角 勝