AIによる災害予測で地域住民を守る
-Insur Tech- 熊本市
熊本県の県庁所在地であり、政令指定都市でもある熊本市。その熊本市で今、洪水や地震の精緻な被害予測を行える防災・減災システムの実証実験が行われている。地域防災力を向上させる、その取り組みを見ていこう。
いち早い避難で被害を抑える
熊本市は、日本三大名城である熊本城を有するほか、肥後熊本藩主である細川家に受け継がれた水前寺成趣園や、市街地を流れる一級河川・白川など、自然豊かな歴史ある町だ。
しかしこの白川は、これまで度々大きな洪水をもたらしてきた。例えば2012年7月の九州北部豪雨による氾濫では大雨により熊本市街部で白川が越水し、沿川の家屋等が浸水するなど大きな被害を出した。熊本県全体でみると、2020年7月に発生した豪雨により、県内最大の一級河川・球磨川が氾濫・決壊し、過去最大級とも言われる浸水被害が発生した。
災害という視点でみると2016年4月14日に最大震度7の地震が発生した熊本地震も同市に甚大な被害を出しており、前述した熊本城なども重要文化財建造物13棟全ての建造物が被災した。熊本城の天守閣は2021年4月に復旧が完了し、同年4月26日からは内部の一般公開がスタートしている。
このような大規模な災害は、熊本県のみならず全国で多発している。被害を少しでも抑えるためには、個々人の日頃の備えはもちろんながら、災害が発生した場合いち早くその場所から避難することで、その身を守る必要がある。
熊本市が2018年8月20日、損害保険ジャパンと「地域防災力向上のための相互協力に関する協定」を締結した背景にも、同市の防災力向上を図る狙いがあった。本協定に基づき2019年3月から新たに、AIを活用した防災・減災システム開発に向けた実証を熊本市で進めている。
洪水や地震の被害をAIで予測
開発している防災・減災システムは、気象や建物などのデータとAIを活用し、洪水や地震などの災害の発生前・発生時・発生後における正確な被害予測と、リアルタイムな被害状況の把握を、区間単位で実現するものだ。自治体側は本システムにより、河川水位の変動予測や、従来よりも細分化した避難指示などに役立てられる。
現在は実証実験の段階だが、2021年1月22日に日向灘を震源とする地震が発生した際には、実際に本システムが稼働したのが確認されたという。大分県や宮崎県で最大震度5弱が確認された地震で、熊本市からは距離があったため「被害なし」と予測された。この結果は損害保険ジャパンと熊本市との間で共有され、システムの判断と自治体側の認識に相違がないことも確認できた。
検証を進める中で、熊本市からの要望もいくつか出てきた。もともと、洪水による被害予測は河川水位予測と浸水深予測を同時に出す仕組みになっていたが、「より早く河川水位の予測が分かるようにしてほしい」と要望があったという。河川水位の変動が事前に把握できれば、その情報を元に被害の予測や避難指示が出しやすくなる。またシステムのUI・UXも熊本市側からの要望を受け、改善を進めている。
将来的には、この防災・減災システムの情報をもとに、特定の市区町村まで細分化された避難指示を出せるよう、熊本市と損害保険ジャパンは共に検証を進めていく。
膨大な災害被害データをもとに
これからの災害を予測
-Insur Tech- 損害保険ジャパン「防災・減災システム」
損害保険会社である損害保険ジャパンは、多発する日本の自然災害への新たな対応策として、AIを活用した防災・減災システムの開発に取り組んでいる。その開発の背景と仕組みについて、話を聞いた。
気候変動も“ニューノーマル”へ
豊かな自然に囲まれる一方で、自然災害も他国と比較して多いと言われる日本。地震や津波、噴火、台風、洪水、土砂災害など、その災害の種類は多様で、被害も大きい。特に豪雨などの異常気象は、地球温暖化の影響で頻発する傾向にあり、これまで蓄積してきた経験則や予測手法が通用しなくなってきている。
そういった変化する災害に新たな対策を講ずるため、損害保険ジャパンが開発をスタートしたのが、AIを活用した防災・減災システムだ。
損害保険ジャパン ビジネスデザイン戦略部 主任 西村時子氏は「当社はこれまで、損害保険会社として災害発生後に保険金を迅速に支払い、お客さまの生活を支えることを使命に事業を行ってきました。しかし昨今、大規模災害が頻繁に発生するなどこれまでの経験値やノウハウでは対応ができない“ニューノーマル”な気象が常態化しています。そこで、地域防災力の向上に貢献するため、当社では米国の防災スタートアップ企業であるOne Concernと、気象情報会社であるウェザーニューズと共に防災・減災システムの開発に取り組んでいます。また熊本市で実証を行い、最新テクノロジーを活用した防災・減災システムによって被害を最小限に抑え、地域防災力の向上の貢献を目指します」と語る。
損保事業のデータを災害予測に活用
損害保険ジャパンのパートナー企業であるOne Concernは、災害科学とAIや機械学習を融合することで意思決定を改善するRaaS(Resilience as a Service)ソリューションを提供しているIT企業だ。「あらゆる災害による被害を最小化する」ことをミッションとして掲げており、現在米国と日本で事業を展開している。
今回の損害保険ジャパンが3社連携の上開発に取り組んでいる防災・減災システムは、このOne Concernの災害被害予測システムを用いた、被害予測の日本全国版モデルだ。洪水と地震の二つの被害予測に対応したシステムで、洪水予測はウェザーニューズが提供する気象データをもとに、One Concernの洪水被害予測モデルによって浸水被害を予測して動的に可視化させる。地震予測は、従来からある物理モデルによる被害予測に加えて、過去の地震被害を教師データとしたAIの予測と、One Concern独自の手法を用いて被害を予測する。
このシステムを活用することで、氾濫予測の場合は指定箇所の河川の氾濫危険水位のタイミングを予測できる。また、氾濫箇所や、避難所周辺の浸水状況も事前に把握できるため、住民の避難指示に役立てられる。
地震予測では、任意の断層とマグニチュードを選択することで、地震被害の状況のシミュレーションが可能だ。地震による被害部分を事前に確認することで、災害発生前に効果的なBCPプランや防災計画の策定、見直しなどが行える。もちろん地震発生直後に被害予測も表示でき、リアルタイムで被害状況の把握が可能だ。
損害保険ジャパン ビジネスデザイン戦略部 課長代理 志賀達哉氏は「当社は国内損保事業から得られる、過去の災害や被害予測、保険金支払いなど膨大なデータを保有しています。そのデータとOne Concernが持つ被害予測シミュレーションを組み合わせることで、自治体や企業に対して最適なソリューションを提供します」と語る。
例えば今回の防災・減災システムを自治体に提供することで、自治体は適切なタイミングで避難勧告を発出できたり、避難勧告の範囲を最適化できる。企業に対しても予測情報を元にダウンタイムの算出や代替手段を提案することで、サプライチェーンの被害情報の把握や、代替手段確保によるダウンタイムの極小化を実現可能になる。損害保険ジャパンは今後、収益化を検討しつつ、社会課題であるニューノーマル下の防災・減災に貢献していきたい考えだ。
五つの領域でRDPに取り組む
熊本市では防災・減災システムの実証実験を、2019年から行っており、2020年8月には熊本市における防災・減災システムのモデルが完成した。2021年からはシステムの精度向上などに取り組んでいる。また2021年度からは、熊本市以外の6自治体でも実証実験を開始し、データ収集やモデル構築、ユースケースの深掘りなどに取り組んでいる。2022年上半期からは日本全国版モデルの構築を進め、将来的には利用対象地域を日本全国へ拡大していきたい考えだ。
防災・減災システムのようなデータを活用して社会課題を解決する取り組みは、損害保険ジャパンの親会社であるSOMPOホールディングスが打ち立てている「リアルデータプラットフォーム」(RDP)に基づくものだ。RDPは社会課題解決に役立てられる共通の枠組みとして、同社の既存事業が取得するリアルデータと、パートナー企業が保有するノウハウやテクノロジーを強みに、サブスクリプション型のソフトウェアやソリューションを外部に提供していくものだ。防災・減災のほか、介護やMaaS、農業、ヘルスケアの五つの領域で、ソリューションの早期具体化から外販・収益化を目指していく。
「防災・減災以外にも介護分野において、介護事業を効率化できないか、データを活用した改善や生産性向上の仕組み作りに取り組んでいます。これまで介護施設の入居者へのケアは、介護スタッフの感覚でやってきた部分が大きいのですが、そこにデータを活用することでより適切なタイミングでのケアが可能になります」と損害保険ジャパン ビジネスデザイン戦略部 リーダー 曽我祐樹氏は語る。このRDPは、SOMPOホールディングスの2021~2023年度における新中期経営計画にも示されており、同社が持つリアルデータを活用した新たな価値創出の取り組みは、これからさらに飛躍していきそうだ。