企業IT動向調査2021から見えた
日本のワークスタイル変革
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が発表した「企業IT動向調査2021」(2020年度調査)のワークスタイル変革・BCPに関する速報値から、日本のテレワーク事情が垣間見られる興味深い結果が得られた。今回の調査は、2020年9月11日~10月27日のコロナ禍に東証上場企業とそれに準じる企業の4,508社を対象にWebアンケートを実施。1,146社の回答から、テレワークの定着度合いや課題、BCP対策といった企業が今後取り組むべき方向性が見えてきた。
契約や経理業務のデジタル化が課題
JUASは、企業のIT投資や戦略などの動向把握を目的に、1994年度から継続的に企業IT動向調査を実施している。27回目を迎えた2020年度は、4,508社を対象にしたWebアンケートに加え、JUASの会員企業と情報子会社を対象にコロナ禍が企業経営にもたらす影響について尋ねた「緊急実態調査」(2020年6月と10月に実施)も行われた。
緊急実態調査の結果では、テレワークの実施状況の推移が示された。その推移を追うと、4月にテレワークを全社で実施した企業は7.8%だったのに対して、6月に8.1%となり、10月には9.4%だった。また、11.1%が今後取り組みたいと将来の展望を答えている。この数字の推移は、テレワークを積極的に推進する企業が増加していくと予測できる。一方、一部困難な場合を除き、原則としてテレワークを実施した企業は、4月が57.8%だったのに対して、緊急事態宣言解除後の6月は43.4%、10月は37.6%へと減少している。将来的な対応についても、40.2%にとどまった。
全社規模で実施している企業と合わせても、ニューノーマルに向けてテレワークに前向きに取り組む企業は、全体の5割となる。残りの5割に関しては、可能な業務に絞って一部でテレワークを実施する企業が10月の時点で35.9%、在宅と出社を交代(輪番)で実施する企業は14.5%だった。そのほかの3%弱は、テレワークの実施が困難な状況にある。こうした全体の傾向を見ると、在宅勤務が困難な企業を除けば、ほとんどの企業がテレワークを業務に組み込む流れは確実と言えるだろう。
業務プロセス改革にビジネスチャンス
企業IT動向調査2021で示された業務に直結する課題のトップは、「押印などの業務プロセス(契約、経理業務のデジタル化等)」だった。緊急事態宣言が発出された直後に、多くの企業で悲鳴が上がった案件でもある。押印などが課題であると指摘した割合は67.4%。つまり、約7割の企業が決裁の完全なデジタル化を実現していなかった。この数値は、裏を返せば、課題を指摘する企業の数だけ電子署名や各種決裁ソリューションを提案できる市場の大きさを示している。第2位の「在宅勤務環境・ツールの整備」(41.8%)も、大きなビジネスチャンスだ。コロナ禍でPC販売が好調だったように、すでにビジネスとして成長軌道にあるが、今後もテレワークが進めば、かなりの数のデバイスやリモートワーク系ソリューションの普及が期待できる。セキュリティ関連の商材も提案しやすいだろう。実際に34.4%が「情報セキュリティ対策」が課題だと指摘している。さらに「ITリテラシーの個人差」(33.5%)も課題として挙げられている。この分野の解決策として、オンラインでのITリテラシー教育やサポートが、新しいビジネスとして期待できる。
テレワークが今後も支持されていくかどうかは、生産性への評価が鍵を握る。なぜなら、業務別に尋ねたテレワーク実施者の生産性についての問いに対して、営業を除き「生産性は変わらない」という回答が多かったからだ。その数は「生産性が低下する」という回答を上回っている。「生産性が向上する」という回答は、IT(システム開発)が21.6%と業務別では最も多かった。「変わらない」も合算すると76.0%になる。
しかし、ここで注目すべきは、事務の39.6%と生産・調達の47.2%という「低下する」と回答した割合の高さだ。これらの業務が、テレワークで生産性を向上できない理由は、働き方よりも企業の業務システムに課題があると考えられる。テレワークの課題で指摘されていた「押印などの業務プロセス」のデジタル化の遅れが、そのままバックオフィス系の業務の生産性の低下につながっているのだ。つまり、これまでは紙とハンコと人手によって、何とか生産性を落とさずに維持していた業務が、テレワークで後退してしまったのだ。この問題を根本的に解決するためには、出社を促す働き方ではなく、業務プロセスを含めたDXへの取り組みが求められている。
BCP対策の見直しが求められる
業務プロセス改革に加えて、注目すべきはコロナ禍でのBCP機能状況についての結果だ。コロナ禍では既存BCPは十分機能しなかったという評価が多かった。リスク別BCPの策定状況を東日本大震災直後の2012年度の結果と比較してみると、BCPを策定している割合は全体的に伸びている。しかし、「疾病(新型コロナウイルス、新型インフルエンザ等)」についてはMERS(2012年)などの感染症を経験したにもかかわらず、BCP策定の割合が38.0%から44.8%と、6.8ポイントの増加にとどまっている。ただし、疾病に関するBCPの策定状況について「策定中である」と回答した企業は、ほかのリスクに比べて18.5%と最も高い。今後は、コロナ禍での経験をベースに策定が進むと推測される。
ちなみに、コロナ禍で既存のBCPが「十分機能した」という回答は15.0%に過ぎず、多くの企業では既存BCPでは、対応できていない状況が分かった。そのせいか、BCPを策定していて「おおむね機能したが、問題があった」と回答した企業の71.0%が、既に企業内で経営層からBCP対策に関する見直しの指示が入っているという。「十分機能した」と回答している企業でも、42.7%が見直しの指示が入っている。一方で、「BCPがなかった」企業の70.6%は、特に改善や対策などの指示がないため、経営層のBCPへの関心度のギャップが垣間見られる。このギャップは、BCP対策の提案が、まだまだ必要だという現状を示している。
今回の調査結果から、コロナ禍というピンチをチャンスに変えるIT提案が多くの企業経営者に求められていることが浮き彫りとなった。
田中 亘(wataru tanaka)
東京生まれ。CM制作、PC販売、ソフト開発&サポートを経て独立。クラウドからスマートデバイス、ゲームからエンタープライズ系ITまで、広範囲に執筆。代表著書:『できるWindows 95』、『できるWord』全シリーズ、『できるWord&Excel 2010』など。