特集 働き方改革の基礎知識 2017 第5回

“働き方改革”は短期的には非効率 長期で効率化を目指すものなんです



藤沢久美氏に聞く、「経営者が取り組むべき課題と発想」

これまでに1000社以上の企業を取材し、多くのトップリーダーに起業のきっかけやアイデアを生み出す働き方、仕事に対する考え方などについて鋭く切り込んできた藤沢久美氏。働き方改革を断行・推進できるトップは何が違うのか、また政府が推進する女性の活躍促進について、さらには世界の最先端のビジネスシーンを取材する藤沢氏ならではのグローバルな視点から日本の置かれている状況などについて伺った。

取材・文/成田全 撮影/篠原孝志


シンクタンク・ソフィアバンク代表。国内外の多くの企業や経営者を取材し情報を発信。また静岡銀行、豊田通商など多くの企業の社外取締役も務める。近著に『最高のリーダーは何もしない―内向型人間が最強のチームをつくる!』(ダイヤモンド社)

日本はラッキーなタイミングでチャンスが来ている

―― 今「働き方改革」をしなければならない理由はどこにあるとお考えですか?

藤沢 現在は「第4次産業革命」と言われるように、人工知能やロボット、IoT、ICTがすごく進化していて、人間の仕事の一部分が置き換えられる時代がもう目の前までやってきています。これがまずひとつの大きな理由ですね。もうひとつは、日本の人口が減っていくなかで生産性を上げなければならないことがあります。これらは時代の大きな流れの中で必然的にやってきているというのが私の考えです。

―― 藤沢さんはダボス会議が主催する「世界経済フォーラム」のグローバル・アジェンダ・カウンシル・メンバーでもありますが、世界から見て日本の状況はどうなのでしょう。

藤沢 人口が減り、過剰労働が起きていて、様々な問題を解決しなければならないというのは「働き方改革」を考える上で表面的に見えていることですが、実は日本はすごいラッキーで、今このタイミングで改革しなければならないというのはチャンスなんです。本格的に人口が減る前に準備する期間が用意されていて、政策も含めてすでに動き始めているからです。

 世界は人口がどんどん増えていて、中東やインド、南米、アジア諸国などは若い人たちが多く、就職先を作らないといけない状況です。その一方で人間の仕事の3割から5割、もしかすると6割くらいが人工知能に置き換わると言われています。働く場所を作るというのは大変な挑戦なんです。

―― 日本は人口が減っていくけれども、足りないところはIT技術などで補完していけるわけですね。

藤沢 はい。そしていち早く働き方改革に取り組んだ企業は、先行者メリットを得られるはずです。それには今から10年先を見据え、どの部分が人工知能に置き換わり、どの部分が人間しかできないのかを整理して、どんな能力を社員たちに身に付けてもらい、どう働いてもらったらいいのか、その能力が開花するにはどういうルールや制度を作ったらいいのかといったことを準備する必要があります。

 ですので、働き方改革とは今、会社で働いている人たちの就労環境を改善するだけではありません。実はそれだけだと非効率になってしまうんです。例えば、単純に「残業しないで帰ってください」と言っていたら、働き手が足りなくなって新たに雇わないといけなくなります。しかし売上が変わらないのに人を増やしたら給料が減るのは当然ですよね。その時に必要なのは、人は創造性やコミュニケーションが必要な付加価値のある仕事をして、それ以外は機械に任せる。つまり人以外で稼げることを作っておくことなんです。人間の代わりができる、あるいは人間のサポートができるIT的なものと、どう一緒に、どう快適に働けるかを取捨選択することが必要なんです。

 ブラック企業はともかく、ホワイト企業といえども、働き方改革に着手しない企業の10年後は厳しいでしょうね。近年のITの進化、そして先進国以外の国々の企業の成長スピードから考えて、これまでの1年とこれからの1年の変化率は全然違いますから、先延ばしをすると損失はその分大きくなると思います。例えば、アフリカやアジアでは銀行口座を持っていない人が多いので、口座を持たなくてもいい電子決済などのシステムがどんどん出来ています。数年前にアフリカへ行った際は、ホームセンターに民族のアイデンティティである槍を買いに来たマサイ族が電子マネーで決済していたのを見ましたよ。アフリカは固定電話も銀行も普及していないから、いきなり携帯電話を持って、いきなり電子マネーになっているんです。しかも電子マネーだとレジを打ったり、毎日レジに値段を入力する必要がないんです。そういう人の要らないビジネスモデルが次々と生まれているんです。そのような、私たちが考える“10年先”がいきなり来て、一足飛びに先へ行ってしまう、そういうスピード感なんですよ。

日本植物燃料株式会社は、2015年にNECの電子マネー技術と協力し、モザンビーク共和国の無電化地域にソーラーパネル1枚で運用する電子マネーシステムをスタート。発展途上でのFinTechは加速している。画像はプレスリリースより引用。

生産性向上やイノベーションこそ、本当の意味での“働き方改革”である

―― 藤沢さんは多くの企業のトップを取材されていますが、働き方改革を推進できる経営者に共通するのはどんなことでしょう。

藤沢 まずは「責任感」です。企業の経営者として、社員やお客様に対する責任感がある方は、常に改善していかないといけないという強い思いをお持ちです。そして「好奇心が旺盛」。社員、お客様に対する感謝と好奇心があり、いろんなものに対して興味を持って、吸収していこうというところがありますね。社員のニーズ、お客様のニーズに敏感で、喜ばせたいと思っている。喜ぶと、人は頑張りますからね。それから物事を考える「時間軸の長さ」があります。長い時間軸で会社の存続を考えている人は、短期の非効率は長期の効率であると受け止められる。働き方改革というのは大変手間がかかるし、ひとりひとりの社員に仕事のやり方を変えてもらわないといけないので大変非効率なんですが、それをやることで長期の効率化を目指すものなんです。こうした考えを持ってらっしゃる方が、新しい発想をしていると思います。

―― 「新しい発想」の具体的な例にはどんなものがありますか?

藤沢 衣類のクリーニングを行う喜久屋クリーニングが、効率化、差別化で始めたサービスに「保管」があるんですが、クリーニング店って繁忙期がはっきりしていて、季節の変わり目が忙しいんですね。その時期だけパートを雇って、終わると辞めてもらっていたんですが、そんな短期のパートは雇いにくくて困っていたそうなんです。そこで発想したのが、季節の衣類というのはクリーニングから返ってきたらすぐに押し入れなどにしまわれるもの、つまり家の中でデッドスペースになる。それならば着ない期間の衣類を預かります、というサービスを発想したんです。

 お客様は着ない服を置くスペースがいらなくなる、クリーニング店は預かった服を菌の発生しない倉庫に保管して、毎日ちょっとずつクリーニングできる。そうするとパートさんも一定の人数で回せるので、安定した労働時間と雇用が守れる。みんながハッピーで、しかもお客様は預かり賃まで払ってくれる。これが生産性向上であり、イノベーションであり、本当の意味での働き方改革なんです。

喜久屋クリーニングの新サービス「イークローゼット」。クリーニング+保管をネットから注文&宅配で店舗へ出向く必要もない。

―― 急いでクリーニングしても、仕上がり日を過ぎても取りに来ない人もいますからね(笑) しかも受取をお願いする連絡の手間も、店内に置くスペースもいらなくなる。働き方改革というと新しいテクノロジーの導入が必須だ、さあどうしようと考えてしまいがちな人には目からウロコな話です。

藤沢 働き方改革って、そこだけ見ると企業にとっても辛いことだったり、難しいことのような気がしてしまいがちですが、ちょっと視野を広げて考えると、それはビジネスチャンス作りといえますね。

 また時代の要請があるとしたら、1980〜90年代に生まれた“ミレニアル世代”の人たちが、「物質的な満足」よりも「心の満足」、人に貢献することに喜びを感じたりする世代ということも関係してくるでしょう。その人たちが消費者や働き手になってきているので、今後その世代が社会の中心を担うことも含め、「企業利益から社会利益へ」という考え方が必然になっていくのかなと思います。

 日本でもそういう会社がたくさんあって、フェリシモとか今治タオルのイケウチオーガニックとか、社会貢献を意識した商品開発をしていると社員が頑張るし、勝手に働きたいという人が来る。そういう企業は採用に困ったことがないとおっしゃっていますよ。しかも高学歴で、大企業でエンジニアとしてバリバリ働いていたような人材が「採用してほしい」と来るそうです。今後は企業に魅力がないと人材が集まらなくなり、採用が難しくなるでしょうね。働くことはお金を稼ぐだけではなく、意味や生きがいなどと重ねて考える人が増えていますから。

イケウチオーガニック(旧池内タオル)は、最大限の安全と最小限の環境負荷で製品をつくる企業。原材料であるオーガニックコットン生産地タンザニアに、売上の一部を寄付し、毎年1本の井戸設置費用に活用されている。

女性の活躍促進は“新しい発想”を生み出すため

―― 政府は「女性の活躍促進」を推進していますが、藤沢さんは女性を活用するためにはどのようなことが大事だとお考えですか?

藤沢 女性活躍の推進は「人が減るから女性にも働いてもらう」ということではなく、新しい発想をするためなんです。英語ではOut of Box、「箱の外のアイデア」という言い方をしますが、同じタイプの人たちで議論をしても新しい発想は出ません。そこに育ちが違う女性が入ることで新しい発想が生まれる。それは会社が次のステップへ上がるために必要なことなんです。

 しかしこれは海外の研究でも明らかになっているんですが、女性を採用すると短期的には会社の効率は落ちます。それは同じ文化で育ってきた男性同士だといろんな背景を知っているので、1を言えば10が分かるんです。しかし今まで同じ文化を共有していなかった女性や外国人が入ってくると、いろいろと説明が必要になって時間がかかる。ですので短期的には非効率になるんですが、新しい発想が生まれるので、長期的に考えると会社にイノベーションが起きることに繋がる。しかし、そう腹を決めて女性を活用しようとする会社がどのくらいあるのかな、と……。ただ、人はそんなに簡単に変わるものではないので、「女性活用です」と言われて最初はしょうがなく始めて、実はイノベーションがあることに気づく人が増えればいいなと思いますね。

―― 短期の非効率は長期の効率を生み出す、経営者としては時間軸を長く見ないといけない、という先ほどのお話はここにも関係してくるのですね。

藤沢 今後は男の人しかいない会社もあれば、女の人しかいない、外国人しかいない会社もあって、色んな人がいる会社もある、というのが理想です。全ての会社が男性も女性も外国人も雇わなきゃいけないというのは、私は違うと考えています。それは「多様な組織という同じ会社がたくさんあること」になってしまうからです。もちろん導入期や移行期には色々と経験をしたほうがいいので、多様な組織作りに挑戦すべきだと思いますが、最終的には「ウチのビジネスは女性が多い方がいい」「外国人が多い方がうまくいく」「色んな人がいて初めて勝てる会社だね」ということを選択すればいいんです。

 私はグローバル化の本質は“多様化”だと思っています。欧米化ではなく、世界中の国の人が声を出せて、影響を与えられるというのが本当のグローバル化なんです。

世界のトレンドは「ロングターム」

―― 藤沢さんは静岡銀行の社外取締役を務めていらっしゃいますが、すでに10年前から働き方改革を推進なさっていたんですよね。

藤沢 静銀では10年前からバックオフィスの見直しを始めました。その当時の支店は、お客様に対応するスペースが3割、バックオフィスが7割でした。そのバックオフィスには紙がたくさんあったのですが、「支店に紙は置かない」として全部IT化しました。それによってお客様のスペース7割、バックオフィス3割に逆転しました。

 さらに裏でハンコを押したりして働いていた人たちを6割削減して、その人たちを全員フロント業務に配置転換したんです。フロント業務というのはお客様を訪問して、お困り事はありませんか、そういうことでしたらこういう企業と組んだらどうですか、と提案する仕事です。こういうきめ細かいサービスは人間にしかできない、機械にはできない仕事なんです。これを早くからやったのが静銀の凄いところだと思います。こうしたことを働き方改革では全ての会社がやらなくてはいけないのです。

藤沢さんが社外取締役を務める静岡銀行。10年前から脱紙を推進し、ITに頼るところと人間でなければできないことを明確化して、よりお客様重視の戦略を取ってきて成功した。

 例えば飲食店でしたら、ほぼすべてを自動化することを強みにするところもあるし、タッチパネルと人間のサービスを組み合わせる、逆に料理を作るところは絶対に効率化しないとか、差別化をするべきですね。そしてお客様に喜んでいただけるところ、感動するところは人間がやると働きがいも出てくるし、成果も見えるようになる。結局、人間のクリエイティビティや創造性といわれるものは、面白いと出てくるものなんです。なのでそういう工夫をする必要があるんです。

―― 効率化ばかりを追い求めてもダメということですね。

藤沢 中小企業を見ていると、短期で見ると超非効率で「そんなに手間を掛けて大丈夫かな」と思うことがありますが、長期で見ると必ず非効率なことをやったおかげで生きている、という場合が多いんです。それは2008年に起こった「リーマン・ショック」が明らかにしてくれました。あの当時、短期の効率を目指した会社はみんな潰れましたよね。それ以降の世界の流れも「ロングターム・インベストメント」とか「ロングターム・ビュー」になってきています。ダボス会議などでも「ロングターム」という言葉がよく使われますよ。

 私は「中小企業の時代が来た」と思っているんです。小さくて機動的なところが強い、そういう時代になってきました。そして今働き方改革をやれば、トップを狙えるんです。しかも昔だと頑張ってやっても結果が出るまで10年、20年かかっていましたが、今はもっと早いですから。ですから、こんなチャンスが来ているんだから、困ったと言ってないでやろうよ、と(笑) 「働き方改革って大変だ」と眉間にシワを寄せて考えず、未来志向で推進してもらいたいですね。

 これまでの特集で、さまざまな識者のお話や事例をご紹介してきました。労働時間を減らすにしても、仕事と子育て・介護などを両立させるにしても、機械(ICTソリューション)に任せられる部分は機械に任せ、機械のサポートをうまく活用しつつ、人間にしかできないことを伸ばすことで、仕事の効率化・働き方の改革を実現していかなければなりません。

 第1回から今回まですべて読んでいただければ、“今すぐ改革を”という意識が芽生えたことと思いますが、では具体的にどうすればいいのか壁に当たるかもしれません。人間を、仕事をサポートするICTソリューションというのはさまざまありますが、実際どのようなときに必要なのか、どうすればいいのか、どんな製品があるのか、分からないことが多いかと思います。そこで次回は、働き方改革を支える代表格テレワークについて具体的なICTソリューションをわかりやすく紹介していきます。

公開中! 〈最終回〉
テレワークな1日の中から見えてくる必要なソリューションとは

ここまで読まれた特集で、働き方改革の必要性は十分理解されたことでしょう。ただ、改革を実現するためにどうしたらいいのか、分かり辛い面もあります。最終回では、働き方改革の1つテレワークを実現するためにどのようなソリューションが必要なのか、オススメのソリューションとともにご紹介します。

「特集 働き方改革の基礎知識 2017」掲載予定

筆者プロフィール:成田全(ナリタタモツ)

1971年生まれ。大学卒業後、イベント制作、雑誌編集、漫画編集を経てフリー。インタビューや書評を中心に執筆。文学、漫画、映画、ドラマ、テレビ、芸能、お笑い、事件、自然科学、音楽、美術、地理、歴史、食、酒、社会、雑学など幅広いジャンルを横断した情報と知識を活かし、これまでに作家や芸能人、会社トップから一般人まで延べ1500人以上を取材。