あの人のスマートワークが知りたい! − 第12回
分身ロボットはテレワークのコミュニケーション課題を解決する - オリィ研究所吉藤健太郎所長が語るオフィスの未来
コミュニティー参加にはその場所での身体性が必要
オリィ研究所所長の吉藤健太朗氏は分身ロボットOriHimeの開発で多くの受賞歴を持ち、ロボット・コミュニケーター、分身ロボットアーティストの肩書を持っています。その場にいられなくともコミュニティーへの参加を実現し、テレワークが内包するコミュニケーション不足の解消にも有効だというOriHimeについて、吉藤氏に伺いました。
文/狐塚 淳
吉藤健太朗
ロボット・コミュニケーター
分身ロボットアーティスト
奈良県葛城市出身。電動車椅子の新機構の発明により、JSECで文部科学大臣賞、Intel International Science and Engineering FairでGrand Award 3rd を受賞。2009年から孤独解消を目的とした分身ロボットの研究開発を独自のアプローチで取り組み、自分の研究室を立ち上げ、2012年株式会社オリィ研究所を設立、代表取締役所長。
青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表、ほか AERA「日本を突破する100人」、フォーブス誌が選ぶアジアを代表する青年30人「30 Under 30 2016 ASIA」などに選ばれている。
存在を伝達する分身ロボット
−− 分身ロボットOriHimeとはどんなことができるロボットなのですか?
吉藤 OriHimeは人間がiPhoneアプリで操作します。まずアプリを立ち上げ、どのOriHimeにログインするかボタンで選択します。そうするとOriHimeが見ている映像がiPhoneの画面に映ります。見たい方向に画面で指を滑らせれば、首がその方向に動き、回転してから見上げるという動きで、その場にいる人は本当にOriHimeに見られている気分になります。会議のテーブルでも、そこに置いてあるというのではなく、発言している人の方へ滑らせれば首を向けるので、どこに注意が向いているのか感じられます。
−− 人間が操作するのですね。OriHimeが「見る」ということが重要なのでしょうか?
吉藤 人間同士は雑談しながら食事をしているときでも、相手を見ています。見るという行為が、同じ場所に「いる」ということです。OriHimeはそこにいるという感覚を作ることでその場に参加できるのです。自分からしゃべるときには、手を上げるボタンを押して、注意をひいたりすることもできます。人を呼んでみたり、これはいいねと喜びを表現して見たりなど、感情を表現する手の動きもメニューから選択するだけです。頭を抱えて悩んでいることを表現することも可能です。
−− 首や手は操縦者の感情表現のためなのですね。
吉藤 OriHimeにAIは載っていません。人が操作しないとOriHimeは動かないので、動くことはそこに操縦者である人の意思を反映しています。目のランプが消えている状態では単なるモノとしての存在ですが、ちょっと首を動かしたときにはたから見ていて意思を感じられるのです。センサーで声に反応してそちらを向くわけではなく、間違いなく操縦者の意思を伝達しています。私はこれを情報の伝達ではなく、そこにいるということを伝える「存在の伝達」と呼んでいます。
−− OriHime開発のきっかけを教えてください。
吉藤 私は以前、3年半の不登校を経験しました。当時感じていた仲間外れ感がそもそもの開発動機でした。先生が参加できなかった遠足の写真を届けてくれたり、お楽しみ会の様子を教えてくれたりしましたが、私はそのクラスというコミュニティーには参加していなかったし、クラスメートにはなっていませんでした。コミュニティーに参加するにはいつもその場に体を運んでいく必要があるのです。私は最初2週間入院しただけで、学校が遠いものになってしまい戻れなくなりました。同様にあらゆるコミュニティーで疎外感を感じてしまう可能性があります。コミュニティーには常に参加を続けていないと、居場所がなくなってしまいます。そのため、まとまった休みで心がコミュニティーから離れてしまうことが起こるのです。
−− 人間は同じ場所にいないとコミュニティーに参加できないのですか?
吉藤 今はテレワークが話題です。インターネットがあって、メールがあって情報だけで仕事することも可能なはずなのに、なぜ、人は朝着替えて電車に乗り、1日の6分の1もの時間を移動と準備だけに使って会社や学校に行くのでしょうか? 1年でいえば2か月分もの時間をそこに費やしています。じゃあ遠隔で仕事すればいいじゃないかと頭のいい人は思うでしょう。しかし、それが実際に機能しないことを私は経験的に知っています。そこにいなければ働く必要、勉強する必要も感じません。部活を休んでいる2週間の間、家で筋トレを続けるのはモチベーションが続きません。女性がこれだけ社会進出していますから、キャリアのことなどを考えて、出産しても1〜2年後に職場に戻る気満々で育児休暇に入ります。しかし、戻ってくる確率は大変低いのです。女性の離職の原因の8割以上が育児だというデータもあります。そうなるのは当たり前で、2週間でコミュニティーから心が離れてしまう人間が、2年も別のことで忙しくしていて、人間関係も変化しているだろう場所に戻れるわけがないのです。
テレワークツールが実現するのは要件のみ
−− テレワークはコミュニティーから分断されやすい?
吉藤 コミュニティーの場合はまず空間に来ることが大切です。そこに体を運んでくることは、みんなが頑張っていることの確認です。信頼できる仲だと確認することなのです。そこでは雑談もでき、「そういえばさあ」ではじまるコミュニケーションが可能です。そうしたコミュニケーションの仕組みは今まで遠隔ではありませんでした。メールやLINEはリアルタイムではなく非同期です。特定の場所に自分たちがいて、誰かが戻ってきてただいまと言ったときにお疲れ様ですと答えることのために、わざわざチャットや電話をする人はいません。従来のコミュニケーションツールは要件を伝える目的ではよくできているのですが、雑談をするような部分はこれまでのテレワークは切り落としてきました。しかし、そのために心が離れていってしまうのです。日本テレワーク協会がテレワークが浸透しない理由を調査したところ、労務管理が難しい、コミュニケーション密度が低い、できる仕事が少ないという3つの点が挙がりました。それを解決するためにテレワークツールがいろいろあるのですが、それでもコミュニケーション密度が低いのは、そこで最低限の用事しか伝わらないためです。
−− 必要な情報を伝えることに特化しすぎている?
吉藤 コミュニケーションツールが実現しているのは最低限のコミュニケーションです。そこにいるという認識を自分も周りの人も持てなければコミュニケーションはなりたちません。入院中、私はなぜ体が一つしかないのだろうと考えました。ひとつしかないから体のメンテナンス中はコミュニティーに参加するために移動できない。しかし、リアルなアバターが作れれば、コミュニティーへの参加は可能なのではないかと考えました。バイオテクノロジーでアバターを作ることは無理でも、ロボットなら自分の分身を作り、そこに意識を飛ばすことが可能なのではないかというのが、OriHimeの発想です。体がしんどい時、育児や介護で外出が自由にならないとき、そういう時の分身を作れればコミュニティーに参加することができるのではないでしょうか。
−− OriHimeなら参加が可能になる?
吉藤 用がなくてもいられるという状態を作ることが重要です。入院中のお母さんとTV電話で話しても、いつか電話を切る時がきます。Skypeでおばあちゃんと話しても、その近況は30分は続きません。それは一緒にいるのではない。重要なのは必要最低限の情報の伝達ではなくて、一緒にいることなんです。TV会議でも、オンラインで参加している人は最初に切られるのです。お疲れ様ですと回線を切ったあとに(会議室にいる人たちだけで)「お疲れ様でした。で、さっきの会議なんですが・・・」とはじまる。そちらの方が重要なのではないか。最低限のコミュニケーションの外側にもっと豊かなコミュニケーションがあるはずなんです。
テレワークツールに欠けていた機能を提供する
−− テレワークが浸透すると、これから会社でもそんなコミュニケーションの問題が起こってくるかもしれませんね。
吉藤 現在、日本社会ではテレワークの普及が始まりつつありますが、これが進展していくと会社のコミュニケーション不全が増加していくと思います。会社にいる側は余裕があるけど、テレワークしないと参加できない立場の人はテレワークして独りになってしまうと、まじめな人ほど後ろめたさが出てきて、同僚が電話を取ってくれることにも申し訳なさを感じてしまうようになるかもしれない。
−− 不登校時の経験がそもそものきっかけだとうかがいましたが、企業でOriHimeによるコミュニケーションが有用であるというのは割と早い段階で思いつかれたのですか?
吉藤 一緒にOriHimeを作ってきた親友がいました。彼は盛岡在住で幼い時の交通事故で体を自由に動かせず、テレワークしていました。会社が忙しくなってくると私は彼とだんだんチャットなどのコミュニケーションが減ってきて、彼は心が置いていかれるような気がすると言っていました。そこで、OriHimeで定時に出社するようお願いしました。朝9時から夕方まで、OriHimeをつなぎっぱなしにして会社にいて働いてくださいと。そうすると雑談も皆とできるようになって、他の社員との仲間意識が芽生えてきます。OriHimeの顔が彼の顔に見えてきます。そこにいると感じられるのです。そうした経験を見た他の企業の人から、いなくなると困るが会社から心の離れた社員に関わり続けてもらうために、OriHimeを使えないだろうかという相談がきました。Skypeなどでやりとりすることもできるけど、1日3時間でもいいから一緒にいる時間を作るにはOriHimeが必要です。自然にそうした使われ方が出てきたという感じです。育児休暇などで心が離れていくことにも対策になります。
−− テレワークのためのツールはいろいろありますが、それでは不十分?
吉藤 これまでのテレワークは家にいる人と会社にいる人がSlackなどのツールにアクセスして相互のやり取りをオンラインゲームのようにやっていた。しかし、アクセスする知識のない高齢の社員もいるかもしれないし、情報をテレワーカーにあわせてアップしなくてはというのは手間です。しかし、会社に分身を置くことで、いつもの時間にいつものようにテレワーカーが会社のロボットに降りてくることが可能になり、情報アップでなく、普通に会話ができるようになります。
−− OriHimeと他のコミュニケーションツールを併用している会社もありますか?
吉藤 競合しそうなSkypeなどと一緒に使っている会社もあります。会議やお客様には対面した方がいいというシーンではOriHimeを使います。OriHimeは1対多のコミュニケーションツールなので、企業ではSkypeなど、1対1や、多対多のコミュニケーションツールと併用しながら、それまで不足していたコミュニケーションを実現することができます。OriHimeがあるからSlackがいらないとかではないのです。今までのテレワークツールに置き換わるのではなく、これまでのツールでは実現できていなかった、そこにいるということを実現できるデバイスなのです。
−− 吉藤さんは今後どんな展開を考えていますか?
吉藤 分身ロボットのパターンはいくつかあります。モノ作り自体はそんなに難しくありません。しかし、作ったものが本当に役立つのかとかどんな現場で使われるときにはどんなもの作りが適しているのかとかいう答えは誰も持っていないため、高速でプロトタイプを作りながらその回答を創り出していくのが私の役割だと思っています。ユーザーと一緒に新しい働き方を考えたり、こうすればうまくいくといったロールモデルをいくつも開発していきたいと思っています。
−− 具体的なアクションとしては、どんなところから?
吉藤 人間と近い大きさのOriHimeを5体作ってみようとしています。実際にユーザーに使ってもらい、どんな使い方ができるか検証していきたいのです。たとえば、目しか動かせない人がお客様にお茶を出せる。孫と手をつなげる。自分自身の介護をさせるかもしれない。そうしたことは私一人がものをつくることでは見えてきません。不登校やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの人たちのところに新しいテクノロジーを持ち込むことによって一人一人があきらめていたこと決めつけていたことを発掘し、覆していきたい。それが私の役割だと思っています。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。