「両利きの経営」を実践して社内でイノベーションを起こすコツ【前編】
一般的にイノベーションを起こすには、それを先導するリーダー、イノベーターの存在が不可欠であり、特定の人物による強力なリーダーシップによって実現されるものだと理解されている。しかしこのようなプロセスでイノベーションを起こすには、リーダーとなる人材の確保、社員との相性など、多くの障害を乗り越える必要があり、実践するのは非常に難しい。ではイノベーションを起こしている企業は、どのような取り組みを実践しているのだろうか。本企画のモデレーターを務めるフィラメントの角 勝氏も社外メンターとして参加している、NTTコミュニケーションズのイノベーションセンターの取り組みを2回にわたって紹介する。
「BTC+S」の四位一体モデルで
両利きの経営を実践する
角氏(以下、敬称略)●稲葉さんがセンター長を務めるイノベーションセンターでは「両利きの経営」を実践して、社内でイノベーションを起こすことに取り組まれています。両利きの経営というキーワードが出ましたが、社内でイノベーションを創出する仕組みをどのように考えていますか。
稲葉氏(以下、敬称略)●イノベーションを創出するための仕組みとして、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブのBTCモデルが知られていますが、私はこれに戦略を加えて「BTC+S」の四位一体モデルで、社内のプロデュース部門と技術戦略部門、テクノロジー部門、そしてデザイン部門の四つの部門で知の深化や探索を掛け合わせてイノベーションを起こしていきたいと考えています。
角●稲葉さんの考えは、目の前を深掘りして磨きこむ「深化」と、視野を広く持ち固定概念にとらわれず多くの物事を見る「探索」のバランスをうまく加減しながら、さまざまな新しい何かを生み出す、まさに両利きの経営の実践ですね。
NTTコミュニケーションズで両利きの経営を実践してイノベーションを誘発し、そこから新たなビジネスにつなげるための支援を担うのが稲葉さんがセンター長を務めるイノベーションセンターの役割ということですね。
稲葉●その通りです。当社のイノベーションセンターでは大きく二つのミッションに取り組んでいます。一つ目は新規事業や新たな常識の創出です。5年から10年後のあるべき姿や世界観を描き、そこから逆算して今すべきことは何か、また目標達成までにどのようなプロセスをたどるのかを考えるというバックキャスティング・アプローチでイノベーションを創発したいと考えています。その結果、三桁億円以上の事業になればよいと考えています。
二つ目は社内イノベーションの推進、支援です。社員発のイノベーションや事業化の支援、社外との協業によるオープンイノベーションの支援、さらにはCoE(Center of Excellence:組織横断での継続的な取り組みを行う際に中核となる部署や拠点)としてのエンジニアやデザイナーの人材育成などです。
イノベーションにはいろいろな考え方ややり方がありますが、イノベーションセンターとしては何でもゼロから作るのではなく、社内にある技術や人材などの資産、世の中にあるものをつなげて作ることでコストやスピードの面で競争力を高めることが大切だと考えています。
またイノベーションを起こす人材の育成については、社外からスキルやアイデアを持つ人材を取り入れる方法もありますが、組織の大きな企業では社内やグループ会社でもいろいろな経験ができます。その経験から従来とは異なる新しい発想ができる人材を育成できます。
一人のイノベーターを生み出すよりも、新規事業を起こしたい、新規事業の創出に挑戦したいというマインドの醸成と、それを成し遂げるスキルの習得を支援するのがイノベーションセンターの役割です。
社内新規事業を起こす三つの手段
DigiComとBI Challenge
角●イノベーションセンターが行っている社内新規事業を起こすための取り組みを教えてください。
稲葉●「三つの手段」を提供しておりまして、角さんにもご協力いただいています社内新規ビジネスコンテスト「DigiCom」(デジコン)とビジネスアイデアを事業化する伴走型支援プログラム「BI Challenge」、そして社員の所属組織の商材や不動産などの資産を活用した、社外スタートアップとのオープンイノベーションプログラム「ExTorch」の三つです。
DigiComでは内容が未熟だったり、何からどのように進めればいいのか分からなかったりするビジネスアイデアを、社外メンターであるフィラメントの皆さまのアドバイスや、ユーザーとなるお客さまへの徹底したヒアリングなどを通して事業を具体化していきます。
DigiComで選ばれ、磨かれたビジネスアイデアの中で、特に事業としての可能性が高いものを、ビジネスモデルを構築してお客さまに提供する商材に仕立て上げる支援をするのがBI Challengeとなります。つまりDigiComは単にビジネスアイデアを競うのではなく、商材化を前提としたコンテストというわけです。ちなみにDigiComもBI Challengeも、所属組織の業務と関係のないビジネスアイデアを応募することができます。
角●DigiComは今年1月25日に実施された最終発表会の「Demoday」で7回目となる歴史の長い社内イベントですよね。私はこれまでDemodayの審査員と、予選会までのビジネスアイデアのブラッシュアップ、予選会を通過したビジネスアイデアのブラッシュアップの支援を務めさせていただいています。
具体的には応募してきたビジネスアイデアに対して応募者にどういうことがしたいのか、どういう顧客を想定しているのかを問いかけてビジネスアイデアの解像度を高め、さらに想定する顧客と実際に会話して顧客への理解を深めて当初のビジネスアイデアを深掘りしたり、探索したりして精度を高めていくお手伝いをしています。
DigiComでは事業化を目指してビジネスアイデアを磨いていくのですが、事業化に届かなくても応募者は顧客を理解する能力が大きくアップする、これがとても意味のあることだと感じています。
顧客を理解できるようになると、顧客のために何かしたいと思うようになります。自分がしたいことから離れて、顧客が本当に求めていること、顧客の本当の課題に到達できれば事業化に届かなくても成功です。そこで身に付けたスキルはどこかで必ず役に立ちますから。
稲葉●DigiComには300名から多いときは650名ものグループを含めた社員が参加しています。これまでにDigiCom発のビジネスアイデアをBI Challengeで事業化した成功事例がいくつも生まれています。
次回はDigiCom発のビジネスアイデアをBI Challengeで事業化したNTTコミュニケーションズのサービスを紹介します。